忘れたはずの恋
8耐のスタートは独特だった。

物凄い台数のバイクが目の前を駆け抜けていく。

藤野君のチームの第1ライダーは女の子。

しかも藤野君と同い年らしい。

皆から『むっちゃん』と呼ばれているその子は周りの人と比べて体は一回り小さいけれど、その走り方は全然引け劣らない。

普段のレースは藤野君と違うクラスで走行している、と聞いた。

私とは全然違う世界に暮らしている人達だ…

そう思う。

きっと、藤野君と出逢わなければこういう世界を死ぬまで知らなかっただろうな。

スタートから20分くらいすると吉田総括が行きましょう、と合図をして私達は移動した。

歩くと汗が伝い落ちる。

人が慌ただしく行き交うパドック通路を通って、藤野君のチームに辿り着く。

「あ、どうぞ、お入りください」

ちょうど出入口に祥太郎さんがいて、私達を手招きしてくれた。

「ありがとうございます」

吉田総括が頭を下げると

「幸平から色々とお聞きしております。
初めての8耐出場なので、ちょっとでも和ませてやってください」

祥太郎さんがチラッと見たその先に彼はいた。

椅子に座って上にあるモニターを見つめているけれど心はここにあらず、といった様子でどことなくボンヤリとしているようにも見える。

「藤野」

相馬課長がわざとらしく、明るい声を出した。

藤野君はこちらを見て、慌てて立ち上がって笑顔を見せた。

「いいよ、立たなくても」

座るように吉田総括がジェスチャーをすると藤野君は一礼をして座った。

初めて見る、藤野君のレーシングスーツ姿。

…細っ!

出来たら隣に立ちたくない。

それくらい、細かった。

そして、それがまた。

制服を着ている時よりもうんと似合っていた。
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