忘れたはずの恋
「あーあ…」

むっちゃんは羨望のまなざしで1コーナーに進入する藤野君を見つめる。

「一緒のステージで戦いたかったよ、幸平~」

何言ってるんだろ?
これからいっぱい戦えると思うのに。

「あ…」

私の心の声に気が付いたかのようにむっちゃんは、恥ずかしそうに私を見つめ

「私、妊娠したんです。
幸平と一緒に走った8耐の後、わかったんです。
もうしばらくは…ひょっとしたらもう、こういうレースには出られないと思います」

おめでとう、と言う前にむっちゃんは

「幸平が羨ましい。
きっとこれからどんどんレースに出ていろんな経験をして、果てなき挑戦をするんだろうなって。
…そう考えると女性って損なのかな。
子供が出来るのは嬉しいけれど、その為に我慢することも多いかも。
あ、私の夫は『これから二人の為に仕事もこういうレース関係も頑張る』って言ってましたから男の人もそれなりに大変なんだろうけれど」

少し切なそうに遠くに見える藤野君を見つめる。
私も一緒に見つめた。

胸のドキドキが急に激しくなってくる。

「緊張されてますよね?」

むっちゃんは苦笑いをしながら私を見る。
私は頷くだけしか出来なかった。
もう、喉がカラカラで干上がりそう。

藤野君は最終コーナーからストレートへ。

あと2周!

私は両手を合わせて握りしめる。
私の寿命が縮まりそう。
もう、見てられないよ…。
私の心臓はそんなに強くない。

「大丈夫ですよ、幸平のメンタルはそんな弱くありませんし。
後はミスなく走りきれば、行けると思います」

私もそう、思うけれど。
でも、胸騒ぎがする。
緊張以外の、何か言い表せない、何かが…。
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