忘れたはずの恋
ほらね、やっぱり。

無理なのよ。



「ごめん。私もおかしな事を言ってしまった」



私は口元に笑みを浮かべて藤野君を見つめる。

藤野君はというと…。



なんで。

無理ですって言ったクセに。

何で大粒の涙を浮かべているのよ?

泣きたいのはこっちなのに。



「あ〜あ」

藤野君の口が動いてあの可愛らしい声が聞こえた。

「どうしてこう、上手く行かないんだろう」



…何、言うのよ〜!

じゃあ無理です、って言わないでよ。

目頭が熱くなる。

その瞬間。



「こ〜ちゃんっ!」

いきなり、目の前に可愛らしい女性が現れたかと思うとその人は藤野君に抱きつき、頬にキスをした。

…はあああ???

何???ナニー???

まさか、彼女?本命?

「今日のレース、良かったよ~!!」

ロリータチックなその装い、透き通るような白い肌。

見た目は私よりもうんと若く見えた。

私の目頭は急に冷やされる。

後ろにゆっくりと下がって行ったら誰かにぶつかってしまった。

慌てて後ろを向くとそこには祥太郎さん。

口に人差し指を当てて、『黙ってろ』と合図してくれたので頷く。



「ちょっと、何泣いてるのよ?」

藤野君の顔をぐいっと上げると頬を両手でギュッと挟む。

「…いい加減にしてください」

「何が?」

「本当に参っている時にこんな事、止めてください!」

藤野君の目から大粒の涙がこぼれた。

「嫌よ」

急に声のトーンが変わった女性は鋭い視線を藤野君に向ける。

「…全く、何してるのよ?
訳の分からない賭けをして、大好きな人と自分を追い込んで。
バカじゃないの?」

ようやく頬を解放された藤野君は涙を拭った。

「ちょっと目を離せば訳の分からない事をして…。
だからあなたはダメなのよ!もっとしっかりしなさい!」

見た目とは違ってきつい口調に私は空いた口が塞がらない。

「まあまあ、今日は幸平、よく頑張ったんでこの辺で」

私の後ろにいたはずの祥太郎さんがいつの間にかその女性の隣に行って宥めに入った。

「頑張って当たり前です。
好きな女の人と付き合うかどうかの賭けでしょ?
頑張らないでどうするんです」

そして更にその細い手からは想像できないくらいの光景が目の前で繰り広げられた。

物凄い力で藤野君の胸ぐらを掴んで引っ張る。
藤野君はよろけながら

「本当にちょっと精神的に落ちかけているので止めていただけませんか、お母様」



…今、何て言った?



「誰が【お母様】だあ?
ママって呼びなさい!!何度言ったらわかるの?本当に乙女心をわかっていないわね?」

更にその手に力が加わり、藤野君が必死にそれに耐えている。

「自分の人生賭けたようなレースならば完璧にレースコントロールして頑張れよ、このバカ息子!!」

そう言って、いとも簡単に藤野君を突き飛ばした。
< 60 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop