忘れたはずの恋
「ただ、吉永さん。
まだ独身ですけれどね、藤野よりずっと年上ですよ。
どちらかというと私の年齢に近い」

確か、6~7歳しか吉永さんと僕は違わない。

「…年齢なんて関係ありません」

その透き通った目。
全てのものを貫いてしまいそうな、その鋭い目。

「ふふっ」

僕が笑うから藤野は怪訝な顔をしている。

「十数年前、私もそんな事を言った事をふと思い出したんです」

藤野は首を傾げる。

「妻は私より10歳年上です。
まあ、藤野とよく似た感じで私もね、妻の事を好きになったんですよ」

キラキラと輝く目が丸くなった。
本当に、まだまだ子供ですね。

「どういう風にアプローチしたんですか?」

今の藤野はまるで尻尾を嬉しそうに振る飼い犬のようですよ。

「ひたすら好きだという気持ちを伝えました」

…最初は嫌がられていましたけれどね。

「もっと教えてください!」

…はい?

「いや、教えると言っても何も教える事なんてないですよ」

僕は首を横に振る。

「え〜!?」

頬を膨らませながら僕を見るのは…やっぱり子供だわ。

「…また機会があれば」

丁度その時。

吉永さんが僕宛の書類を持ってきた。

藤野も大人しくなって吉永さんの動きをじっと見つめている。

「吉田総括、総務部長から内線くださいって伝言があります」

そう言いながら吉永さんは僕に書類を渡す。

「はい。ありがとうございます」

吉永さんは僕に微笑んでスタスタと次の場所に歩いていった。



「…いいなあ〜」

僕は恨み節の入った藤野を見つめる。

そんな羨ましそうな顔をしないでください。

「もうすぐ異動してきます。
同じ部になると会話をする機会もありますよ」

そう藤野に言うと僕は目の前の受話器を取った。

内線を掛けながら藤野を見ると、トボトボと自分の班へ戻っていった。

手の掛かる奴だなあ…
< 66 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop