忘れたはずの恋
「聞いてる?」

12月上旬の日曜。
僕と葵は人々の往来が激しい繁華街にいた。
離れないように、しっかりと手を握りしめて。

「えっ、何だっけ?」

全く聞いていなかった。
葵は小さくため息を吐いていた。

「最近、ボンヤリしているけれど、大丈夫?
何か考え事でもあるの?」

そりゃ、大アリです。
原因は、あんただー!

「色々と、あるの」

ぷいっと横を向いた。
今、正面からぶつかる気はない。

「もう、本当にどうしたのよ?」

お洒落なカフェに入ってお茶をしても…。
葵の事、真っ直ぐ見つめられない。

「…好きな人でも、出来たの?」

その言葉に多少の怒りが籠っていて慌てて顔を上げる。

「そんな事は絶対にない」

葵の目にうっすらと涙が溜まっている。

「…だから年下と付き合うなんて嫌だったの」

うわ、どうしよ?

「いつか捨てられるって思ってた」

「だから違う」

葵の目から涙が落ちる。
頼むから止めてくれ。

「何が違うの?じゃあ、何で今日はずっと上の空なの?」

ようやく葵はハンカチを取り出して涙を押さえた。

もう…
それじゃあ僕も覚悟を決めようじゃないか。

「…僕の思っている事は全く逆。早く結婚したい」

前から幾度となく言っているけれど。

「でもね」

この先は初めて葵に言う事だよ。

「僕には全く経済力もない。
今、働いていて頂いているお金はほぼ全てレースに消えている。
だから婚約指輪も結婚指輪も買う余裕さえない」

本当にね、情けない話だけれどそれが現実。

「結婚してもね、葵を寿退社させる事が出来ない。
それ以上にね、きっとこのままじゃ葵に生活全般を頼らなければいけない事もある。
そんな状態で結婚だなんて、葵のご両親に挨拶にも行けない」

葵の涙は完全に止まってくれた事に少しホッとした。

「僕、そんな状態で子供まで欲しいと思っている。
…完全にヒモ状態だよ。
そんな状態で実際に結婚だなんて無理だよ」

現実はそんな甘いもんじゃない。

「…幸平君、ここじゃ人が多いから。
場所を変えたいんだけど」

葵はハンカチを鞄に入れて立ち上がった。

変な緊張が背中に走る。
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