忘れたはずの恋
せっかく、今日は二人で出掛けたのに。
戻ってきたのは僕の家。
まあ、ここしか二人だけで話するような場所はないんだけど。

「幸平君」

いつも二人で食事をする以外は横に並んで座る場所に葵は先に座って、僕に座るようジェスチャーする。

恐る恐る隣へ座る。
少し間を取っていたら葵が僕に密着するように座り直した。

…逃げられないパターン。

自分の鼓動が耳の隣で聞こえてくるような感じ。

「私がいつ、指輪欲しいって言った?」

えっ…?

俯いたら無理矢理葵は僕の頬を両手でギュッと締め付けて顔を上げさせた。

凄く、悲しそうな顔をしている葵がそこにいた。

「…私はね。
吉田総括から色々と話は聞いているの。
きっと結婚しても、経済的な面ではほぼ私に掛かってくるからその覚悟はしないといけない、とか」

頭の中で総括がニコニコ笑っている姿が浮かんだ。

「でも、総括はね。
『きっと藤野ならいつか必ず最高の景色を見せてくれるから。
きっと結婚して一番苦しくて辛い想いをするのは吉永さんだけど。
でも、その〈いつか〉を信じてあげて欲しい』
って。
私、普通に結婚して、普通に子供産んで、もし仕事辞める事が出来たらラッキーだと思っていたけど」

葵の手に力が掛かる。

…痛い。

「幸平君とはまだ出会って1年も経っていないのに、ワクワクする世界に連れて行ってくれる。
また来年。
どんな世界を見せてくれるんだろうって。
まだまだ私なんか幸平くんのいる世界の事は知らない。
でも、もっと見てみたい。
見たいから一緒にいたいのよ。
幸平君が一番キラキラ輝いている場所を取り上げるつもりもない。
あなたが輝いてくれるなら、私は指輪もなにもいらない」

…胸が痛い。

「今日みたいにデートするのにお金が掛かるなら。
もう、そんな必要もない」

は?

「一緒に住みましょう。
それなら特に出かける必要もないわ」

あの…

その……

僕の目から降るはずのない雨が物凄い勢いで降り始めた。
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