スウィングしなけりゃときめかない!―教師なワタシと身勝手ホゴシャ―


加納が笑顔を保つ努力をやめた。

色の薄い光彩が不気味な温度できらめきながら、まっすぐにわたしをにらむ。


「きみ、本当にこんな男と付き合っているのか?」


急に思い出した。

この人、他人の名前を呼ばないんだよね。

わたしも、付き合ってた期間を通して一体何回、名前を呼ばれただろうってくらい。


だから、わたしもこの人の名前を呼んでなかった。

家族は、幸雅であるこの人を「まさくん」と呼ぶらしい。

ふたりきりのときはその名で呼んでいいと許可されてたけど、抵抗があった。

この人を「まさくん」なんて呼ぶのは、まるっきり演技だった。


わたし、ほんと、何でこんな人と付き合ってたんだろうね。

魅力はもちろん恐怖も感じない今、テーブルの向こうで怒りに震えてるギリシャ彫刻みたいな男が、どうしようもなく薄っぺらく見えた。


深呼吸、ひとつ。

加納と再会してから、一言もまともに話せてなかった。

そういう臆病、終わりにしよう。

加納との縁は、もうこれっきりだ。


「紹介するのが遅くなってしまいましたけど、こちらが、わたしが今お付き合いしてる上條頼利さんです。

教え子のドラムのお師匠さまで、それがきっかけで知り合って、わたしも頼利さんにジャズピアノを教わってます」


「きみが、ジャズを……?」


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