イジワルな彼に今日も狙われているんです。



左手首につけた腕時計に視線を落とし、小さくため息を吐く。

このコーヒーショップは、仕事の後尾形さんと約束があるときによく利用する店だ。しかし今日に限っては、その待ち合わせの相手である尾形さんがまだ姿を現していない。

約束は、このお店で18時半に待ち合わせだったはず。にもかかわらずさっき腕時計で確認したばかりの現在時刻はすでに18時45分を示していて、おまけに連絡もつかないときた。


……なにか、あったのかな。

ふとそんなことを考えながら、もうすっかり夜の帳がおりた窓の外へと目を向ける。


一緒に駅までの道のりを歩いたあの飲み会以降、社内で顔を合わせれば言葉を交わす程度に距離が近付いた私と尾形さん。

そしてそのうち彼は、今日のように何の下心も感じない気安さでいとも簡単に食事に誘ってくれるようにもなった。

失恋同盟、なんて。単なるその場限りの戯言だと思っていたそれをあの日以降もことあるごとに引き合いに出す彼は、不名誉なそのワードを案外気に入っているのかもしれない。……私としては、あまり好きになれないけど。


ともかく、決して浅くもない今まで接して来た経験上、尾形さんが人との約束を綺麗さっぱり忘れるほどうっかりさんでも連絡も寄越さずすっぽかすような薄情者でもないとは十分理解しているつもり。

だからこそ約束の時間を過ぎている今、何かここに来れないのっぴきならない事情ができてしまったのではないかと心配になったりしているのだ。



「(7時まで待って来なかったら、念のため会社に戻ってみよう)」



心の中で決意し、とっくに冷めてしまった紙コップのカフェラテに口をつける。

それからすぐに「あの、」とどこからか自分に向けて声をかけられ、そちらに目を向けた。
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