イジワルな彼に今日も狙われているんです。
私の行動が予想外だったのか、驚いたように尾形さんがまたこちらを向く。



「木下……?」

「……ッ、」



何やってるんだろう、私。

尾形さんの言った通り、“そういう”経験もないくせに。ただ思いついたまま、男の人を誘うようなことを口走って。


軽蔑、されたかもしれない。貞操観念の低い、軽い女だと思われたかもしれない。

尾形さんは私を、『いいコだ』って言ってくれてたのに……もうこんな私のことなんか、食事にも誘ってくれなくなるかもしれない。


自分勝手な涙が浮かぶ。それでも決してそのしずくがこぼれてしまわないよう、必死に堪えながら口を開いた。



「いら、ないです。タクシーで帰ります」

「……そう。じゃあ、タクシー拾えるまで一緒にいる」

「それも結構です」



言いながら彼に背を向ける。顔を合わせていると、泣いてしまいそうだ。

私のその態度が気に入らなかったのか、尾形さんが再度私の腕を掴みかけた。



「きの、」

「っさわらないで……っ!」



もう、ほとんど無意識だった。悲鳴のような声をあげて反射的に彼の手を振り払った私は、視線の先で顔をこわばらせる尾形さんを見つけてハッとする。

それでも、これ以上自分が何を言えば、どうすればいいのかもわからない。都合良く通りかかったタクシーをあわてて捕まえ、私はそのまま、尾形さんの前から文字通り逃げ去った。


走り出した車内、後部座席に深くもたれてうつむく。

『さわらないで』と言った、あの瞬間の。

ひどく傷ついたような表情をした尾形さんを思い出した私は、ひざに置いた自分の両手をきつくきつく握りしめた。
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