イジワルな彼に今日も狙われているんです。
へらりと笑ってみせる私を、尾形さんは無言のまま呆然と見つめている。

そうだよね、いきなりこんな話されても困るよね。

今さらちょっぴり後悔しつつ、それでも最後まで話をやめない。



「そんなわけで、一応私は25歳になったら沖田の姓に入ってお婿さんをもらう予定でした。だけど去年、叔母たちの間に念願のお子さんが産まれまして……結局私は、お役御免となったわけです」

「………」

「それでもたぶん、おじいちゃんは私の頼みを断れないので……もし尾形さんがどうしても『沖田 総司』になりたいということでしたら、その、ちょっと面倒ですけど私と一緒にいろいろ手続きしたらなれるかもしれないです、よ……?」



とりあえず話し終えはしたものの、あまりに尾形さんが言葉を発しないのでじわじわ不安になって来た。

……今思ったけどなんかこれって、すごく早まった話をしてるよね私。み、名字、変わるとか。

私としては軽い調子とはいえ、付き合ったその日にこんな話、やっぱり重すぎだったかな。それとももしかして、親族が大企業の経営者とか面倒くさそうな家系だと思われた?


暗い想像ばかりが頭に浮かんで、尾形さんの顔を見られない。

本格的に涙がにじみそうになったそのとき、頭上から「ぷっ」と吹き出す声が聞こえた。



「……尾形さん?」

「くっ、はは、やっぱ木下おまえ、」



おそるおそる見上げた先の尾形さんは、無邪気に笑って私の頭をくしゃりと撫でる。



「予想以上に、おもしろすぎ!」

「……ッ」



私のすきな人は、不思議な人だ。

だってこの人が笑って頭を撫でてくれるだけで、自分の中にあるもやもやした後ろ向きな気持ちが、綺麗でやさしい気持ちに変わっていく。



「尾形さん、すきです。だいすきです!」

「あのな木下、あんまりかわいいこと言ってると俺の皮を被った飢えた狼がおまえを攫ってそのままウチに連れ込むかもしれないからな?」

「……私は、それでもいいです」

「え、」



前の恋の苦い記憶を上手に忘れる方法なんて、きっとずっとわからないまま。

それでも私はこの手をとって、今、新しい恋に踏み出した。










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