好き ということ。
◇ 本当の理由 ・・・

◇  ◇  ◇


「おい」

 背後から突然聞こえた声に智洋は振り返った。予想通り、声の主は涼太だった。

「お前、本当にあれで良いのか?」

 涼太は一気に距離を詰めると、智洋の肩をつかんだ。智洋は問いには答えず、弱々しい笑顔を作る。

「ちょうど良かった。お前に、伝えておかなきゃいけない事がある」
「はあ?」

 訝しむ涼太を連れ、智洋は陸上部の部室へと移動する。今日は部活が休みのため、部室には誰もいなかった。

「で、何だよ話しって。いや、そんな事より、志田だ。お前、本当にあれでいいのか。あのままで大丈夫だと、本当に思ってるのか?アイツが精神的み脆い事は、お前は十分に分かってるはずだろ」

「ああ、分かってる。当然、分かってる」
「それなら!!」

 涼太の手が智洋の首元に伸び、カッターシャツの胸倉をつかむ。
 すると、胸倉をつかまれた智洋が安堵のため息を漏らす。

「な、何だお前、チョット引くぞ」
 そう言って、涼太は智洋から手を放した。
「いやいや、安心しただけだ。
 やっぱ、冬優花を頼めるのはお前しかいない。とな」

「どういう意味だ?
 回りくどい言い方はするな。何が言いたいんだ」
 気が短い涼太が、迂遠な言い方をする智洋にイラつく。

「いや、そのままの意味だ。
 と言うか、オレが気付いてないとでも思ってるのか?」
 涼太の目が揺れる。
「な、何を・・・」
「今更だな。誤魔化してもムダだ」
 涼太が視線を泳がし、智洋がそれを見て笑う。

「お前、美優ちゃんに告られて、『好きな人がいるから』って断ったらしいじゃないか」
「おま、それ・・・って、まあ、そうか」
「その『好きな子』ってのは、冬優花だろ?」

 せわしなく狭い部室を動き回りながら、むき出しのコンクリート壁に立て掛けてあったパイプ椅子を開き、それに腰を下ろす。

「ハッハー!!そんな訳ねーだろ。親友の彼女だぞ?オレがそんな、そんな事を思うわけねーじゃん!!」
 左右にしきりに動く眼球が、「ウソを吐いてます」と言っている。

「落ち着けよ。別に責めてるわけじゃない。むしろ逆だ」
 涼太の頭上に?マークがいくつも浮かぶ。まるで意味が分かっていない。

「冬優花は、涼太、お前のことが好きだ」
「は?」
「アイツ、授業中いつも、お前の背中ばかり見てる」
「せ、背中?」
「それに、陸上部の練習を見てる時も、オレより涼太の方を見ている時間が長い」
「お前、それどこのデータだよ」
「ハハハ、オレデータだ。でも、マジ、本当の話しだ」

 智洋も涼太にならい、部室の隅に置かれていたパイプ椅子に手を伸ばし、引き寄せて座った。
 「ウーン」としばらく考えていた涼太が、再び小首を傾げる。

「仮にだ、今の話しがマジだとして、何で志田と別れ話をする事になる?お前は、好きな女を自分で幸せにしたいと思う男だ。それに、そのためには、どんな努力でも惜しまないヤツだ」

 涼太の言葉に智洋が笑みを浮かべる。
「ホント、憎たらしいくら分かってるな」
 涼太に聞こえるかどうか、ギリギリの大きさでつぶやく。

「仮に志田がオレを好きだったとしても、お前は気にしないだろ。お前は自分の気持ちに真っ直ぐなヤツだ。で、すべてを許し、包める男だ。って、チョット褒め過ぎか?キモイな。ハハハ」

「そうだな。間違ってない」
「だよなあ」

 涼太がパイプ椅子の背もたれに体重を預け、金属がきしむ音が部室に響く。

「だからだよ。だから、お前に話してるんだ」

 智洋はパイプ椅子に座ったまま前傾姿勢になると、涼太に顔を近付けて告げる。
「オレたちは親友だ。だからこそ、オレはお前の事は考えない。そして、オレが信用できるのは涼太、お前だけだ」
「お、おう」

 不気味な迫力をともなった智洋の語り口調に、涼太は完全に飲み込まれた。

「今からオレは、お前に卑怯な事を教える。これを聞いたら、オレの言う事を聞くしかなくなる。
 いいか?
 心して聞けよ」

 涼太ががゴクリと唾を飲み込み、体勢を起こした。

「オレは死ぬ」

 涼太の目が見開いた。
 口をポカンと開けたまま、閉じる事すら忘れている。
 10秒以上の沈黙が流れたあと、涼太がどうにか口を動かした。

「いつだ?」
 智洋の宣言を疑う事も、まして茶化す事などせず問い返す。
「もって1ヵ月」
「いっか・・・」
 さすがの涼太も、あまりのことに言葉を失う。

 再び長い沈黙が訪れる。

 沈黙を破ったのは、今度は智洋だった。
「カルテの文字がな、チラッと見えたんだよ。それで、母親を問い詰めた。母親の気持ちを考える余裕なんて無かったし、とにかく本当の事が知りたかったんだ」

 智洋が両手で自分の目頭を押さえる。
「だいぶ前から、違和感はあったんだ。何も無いところで転んだり、普通に歩いているだけでバランスを崩したり。平衡感覚がおかしかったんだな。だから、先週も練習の途中に倒れた・・・いや、あれはもう限界だったって事だな」

 智洋が右手を上げ、ゆっくりと自分の頭に下ろした。
「この辺りだ」

 そして、右手を握り締める。
「拳の半分くらいの腫瘍があるらしい。絶妙な位置にあるらしく、今まであまり影響が出てなかったんだけど、もう限界なんだと。あの日、部活中に倒れて以来、左半身が若干しびれるんだよ。マジ、参るよな」

 智洋が立ち上がり、涼太に詰め寄る。

「こんなオレが、冬優花を幸せにできると思うか?
 こんなオレに、アイツを守っていく事ができると思うか?
 なあ、涼太・・・」

 涼太は何も言えず、智洋の目を見返す事しかできなかった。いや、正確には、涼太だからこそ智洋の目を見返す事ができたのかも知れない。熾烈なまでに真剣で、哀しいほどに真っ直ぐな想いを、受け止める事ができたのかも知れない。

「この一週間は、医者からのプレゼントだ。この一週間だけは、思う存分好きにして良いってな。だから、いつものように、いつもと同じように学校生活を送った。
 でもな、やっぱ、水曜日くらいから考えるようになっちまったんだ。あと何日、何日冬優花と一緒にいられるのかって。さすがのオレも、今日はアイツの横顔見ながら泣きそうになったよ・・・」

 我慢できなくなったのか、それとも涼太しかいないからなのか、智洋はうつむいて嗚咽を漏らし始めた。

「ずっと、冬優花のそばにいたかった。
 オレが幸せにしてやりたかった。
 誰よりも大切にして、アイツの笑顔を守ってやりたかった。
 それなのに・・・
 何でオレなんだ。
 何でオレがこんな・・・
 オレは、冬優花と一緒に、もっと生きたかった。
 もっと、もっと、もっと!!」

 5分以上の沈黙が流れたあと、静かに智洋が顔を上げた。そして、最初の言葉を繰り返した。

「涼太、冬優花を頼む」

 涼太は智洋の言葉を受け、コクリとうなずいた。

「頼まれてやる。だけどな、あくまでもオレの流儀で、だ」
「仕方ない。それでいい」
「分かった」
 智洋が付き出した拳に、涼太が拳を合わせた。

 その後、涼太が引き受けてくれた事に安心したのか、智洋はパイプ椅子の背もたれに身体を預けた。

「なあ・・・」
 
 緊張感がほぐれた空間で、コンクリートの天井を見上げながら智洋が口を開いた。
 それは、涼太に対する質問ではなかったのかも知れない。本当は自分自身への問い掛けだったのかも知れない。

「オレの存在理由って、いったい何だろ。
 オレがこれまで生きてきた意味は、今こうして生きている意味はあるのだろうか?
 オレがいなくなっても、誰も困らない。
 オレがいなくなっても、地球は回る。
 オレが生まれてきた意味は、あったのか?」

 智洋の声は湿気み満ちた空気に紛れ、激しい雨音に紛れて消えていった。


◇  ◇  ◇




 










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