好き ということ。
◆ 行方不明 ・・・
結局、連絡できないまま月曜日を迎えた。連絡ができなくても、学校に行けばイヤでも顔を合わす事になるだろう。
私は気持ちを落ち着かせ、いつもと同じ電車に乗った。改札で美優と合流し、学校への道のりを進む。
少しだけ速足になっている事は許して欲しい。
坂道を登り、グランドが見える位置の金網に両手でつかまる。
桐山が走っている。
智洋の姿が見えない。
もしかして、まだクラブハウスの前で準備体操をしているのだろうか。
クラブハウスの前に視線を移すが、野球部員がいるだけで陸上部員らしき姿は見当たらない。
「ふじぴーいないね」
美優も探してくれていたのか、同意を求めてくる。
「うん・・・」
確かに、どこにも姿は見えない。
仕方なくその場を離れ、自分たちの教室に向かった。今すぐにどう、という事はない。とにかく、会って声が聞きたい。それだけだから。
教室に着くと、時計はもう8時をとうに回っていた。たぶん今頃は、急いで着替えを終え、教室に向かってダッシュしている頃だ。もうすぐ、前の扉から桐山が・・・
「おーす!!」
「あーもー、毎朝毎朝、うるせーよ!!もっと静かにあいさつできないのかよ」
いつも通り、桐山がクラスメートたちに文句を言われている。
5秒後、後ろの扉から智洋が入ってくる。入って・・・
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった私は、そのままの勢いで廊下に歩いて行った。そして、廊下で首を左右に振った。
いない。いないじゃん。トイレ?トイレだよね?
自問自答を繰り返す私の肩を、ポンと優しく叩く人物がいた。
「来なかった。たぶん、今日は休みだ」
桐山は私と視線を合わせようとせず、外を見ている。
「休み?」
私の問いに、桐山は力無く首を縦に振る。
「そっか・・・」
私がそう言った時、ちょうどスピーカーからチャイムの音が鳴り響いた。
やがて授業が始まり、古典の先生が教科書片手に話し始めた。しかし、私は授業どころではない。智洋が来ないのだ。
ひとつ向こう側のにある智洋の席を見るが、いつもはそこにあるはずの笑顔がない。黒板を見ながら一生懸命ノートをとっている姿が、そこにはない。
今度はグランドを見渡す。
もしかしたら、遅れて登校しているだけなのかも知れない。
目を凝らし、グランドの向こう側にある坂道を見詰める。しかし、どんなに見ても、どんなに待っても智洋は姿を見せない。
「志田さん、ちゃんとこっち見て。授業聞いてるの?」
「冬優花、チョット冬優花」
前の席から美優につつかれ、ようやく我に返る。
「志田さん、この和歌、現代語にやくして下さい」
「え、は、はい」
自分が注意され、当てられたという事だけは理解して、その場で立ち上がる。
古典の先生が手で示す先に、百人一首の和歌が書かれていた。
かくとだに
えやはいぶきの
さしも草
さしも知らじな
燃ゆる思ひを
藤原実方朝臣
「さあ、訳して。この歌は私などより、あなた方の方が共感するのかも知れませんね」
そんなこと突然言われても、ほとんど初めて聞いた和歌なのに分かるはずがない。
しばらく黙ったまま立っていると、古典の先生はあきらめたのか、私に手で座るように指示をした。
そして、プリントを書く列に配り始めた。美優から手渡されたプリントは、百人一首の現代語訳だった。
どうやら、見せしめに怒られたらしい。
「いいですか志田さん、それに他のみなさんも。ちゃんと授業に集中して下さいね。今配ったプリントに、この和歌の訳が載っています。
志田さん、もう一度立って。訳を読んで下さい」
仕方なくもう一度立ち上がると、中断に記載されていた文章を読み上げる。
「あなたがこれほど好きなのに、言えないでいます。
言えないのだから、あなたはきっと知らないでしょうね。
ちょうど伊吹山のさしも草のように、燃えているこの想いを・・・」
「はい、いいですよ志田さん」
そう言って私を見た先生は、目を見開いたあと背中を向けた。
あなたが、これほど好きなのに。
伝えることができずにいます。
和歌にシンクロした私は前を向いたまま、涙をポロポロと流していた。
遠い昔から、人は同じ事を繰り返してきたんだ。
誰かを好きになり、でも、それを伝えるこができない。
会いたくて、会えなくて、会えない時間がもっと思いを強くしていく。
私も、昔の貴族も、何も変わらない。いつの時代も、恋心は切ないものだ。
休憩時間、桐山を廊下に呼び出した。
「桐山、ホントは智洋がどうして休んでるのか、知ってるんじゃないの?」
桐山の目が、正直に泳ぐ。
それを確認して、問い詰めていく。智洋は親友である桐山には、別れたことも話しているのだろう。私も、桐山は当然知っているものとして話しをする。
「それに、昨日の夜、思いきって電話してみたんだけど・・・スマホが解約されてた」
目に見えて桐山の表情が変わる。
「それ、マジ?
何だそれ。それはマジで知らねえ」
「それは?」
「ヤベ」と言って、桐山は慌てて両手で口をふさぐ。
「ふーん」
冷やかな視線をぶつける私にタジろぎながら、左右に首をブンブンと振る。
「い、いやいやいや、これは言えねえ。個人的な事だから、どうしても知りたいなら本人に聞いてくれ」
この感じだと、どうやっても桐山が口を割る事はなさそうだ。
思案している私に、今度は桐山が問い正してくる。
「さっきの、スマホが解約されてたってのホントなのか?」
「う、うん」
桐山の勢いに身を引きながら答える。
「って言うか、普段連絡とかしないの?」
「するわけねえじゃん。毎日会うのに、何で家に帰ってからも話さなきゃならないんだ?」
確かに、そう言われればそうなんだけど。
「そうか、チョット家に行ってみるか・・・」
自宅?
そう言えば、3ヵ月以上もあんなに一緒にいたはずなのに、自宅がどこかさえ聞いていない。
「それって今日?」
「あーうーん・・・今日はムリ、かも」
「それなら、住所教えてくれない?私が行ってくるから」
「え?」
桐山はしばらく腕を組んで考え込んでいたが、フウと大きく息を吐いて言った。
「分かった、住所は教えてやる。でも・・・」
「でも?」
「これ以上は、何も教えてやれない」
言い方が変だとは思ったが、それ以上何も聞かず、コクリと小さくうなずいた。
放課後、桐山から手渡された住所を地図アプリに入力して、場所を確認しながら駅に向かった。美優は「今日はひとりでVIP待遇だね」と、意味不明に笑いながら科学室に向かって行った。
住所を見ると、私とは違う方向、上り線に乗って二駅の住宅地らしい事が分かる。この辺りは確か、15年くらい前に開発された場所・・・ああ、そうか。だから幼稚園の時に引っ越して行ったんだ。
そんな事を考えながら電車に乗り込む。
ガタゴトと線路のジョイント部分を通過する度に、大きく前後左右に揺らされる。窓から見える景色は、見たこともない工場の看板やそこから噴き上がる白煙だった。
二度目の停車。下車する人波に紛れ、ホームに降り立った。見慣れない駅。智洋はいつもこの駅で乗り、この駅で降りていた。今更ながらに、自分が何も知らない事を思い知らされる。
同じ電車を降りた人たちの最後尾に並び、駅の北側にしかない改札を抜ける。階段を下りたところで、スマートフォンを見る。
初めて来た場所だけに、方角がよく分からない。
駅の階段下で、右を向いたり左を向いたりして、グルグルと回る。それでも、どちらに行ったらいいのかよく分からない。
「どうかされましたか?」
その時だった。
背後から近付いて来た女性が、私の横で立ち止まった。私は「助った」と思い、顔を上げてそちらを見た。
中学生?いや、高校生だろうか。見慣れない制服を来た女の子が立っていた。
この際、相手は誰でも構わない。智洋の家がどの辺りにあるのかが分かれば、何の問題もないのだから。
私はスマートフォンの画面を彼女に見せ、この場所に行きたいのだとアピールする。すると、彼女は行き方を教えてくれるでもなく、私の顔を覗き込んできた。
さすがに私も若干引き、彼女の顔を見詰める。
「やっぱり、冬優花さんですね!!」
「はい?」
初対面であるはずの彼女は、唐突に私の名前を呼んだ。訝しむ私に、彼女は慌てて自分の名前を告げる。
「藤井 美月です」
そして、ペコリと頭を下げた。
藤井 美月・・・そう言えば、智洋は中三の妹がいると話してくれた事がある。この女の子が、その妹?
そんな事より、どうして彼女は私を知っているのだろうか?
そんな私の気持ちを察したのか、彼女は駅前にあるファーストフード店を指差した。
「少しだけ、お話ししませんか?」
「うん」
即座に了解し、彼女とともに店に向かって歩いて行く。
「アイス・カフェオレ頼むけど、それでいい?」
私がそう言うと、財布を手にしていた彼女はペコリと頭を下げて「はい」と言った。
注文したアイス・カフェオレをトレーに乗せ、駅前のロータリーに面したガラス張りの席に着く。
テーブルを挟んで座った。
正面から見てみると、目元と口元、それに身にまとう雰囲気がそっくりだ。この女も子は、紛れもなく智洋の妹だ。
「改めまして、藤井 美月、現在乃木坂中学の三年生です」
「どうして私を?」
「ああ、はい。兄の部屋に写真が飾ってありましたし、それに・・・」
「それに?」
美月は少し言いにくそうにうつむき、少し小さな声で言った。
「兄はずっと、冬優花さんを探していたんです。
だから、名前は知っていたんです。ずっと前から」
美月は一息だけカフェオレを口に含み、話しを続ける。
「バカみたいだと思うかも知れませんけど、とういうか、キモイんですけど・・・幼稚園の時に冬優花さんとは一緒だったみたいで、『その時に決めたんだ』って言ってました。『冬優花はオレが一生守って、幸せにするんだ』って。
ちょっと引きますよね。
正直、バカじゃないの。って、思ってました。幼稚園の時から会ったこともないのに、ホント恥ずかしい兄だって。家族はみんな知っているんですよ。みんなの前で公言してましたから。
だから、ビックリしました。
高校が一緒になり、そして、付き合い始めたって聞いた時は。本当に嬉しそうな顔で、私や母にスマホで撮った写真を見せて。
バカなんです。本当にバカなんです。
でも・・・スゴイ、本物のバカなんです」