好き ということ。
◆ どこまでも ・・・
智洋はいったいいどこにいるのか?
智洋の身にいったい何が起きているのか?
病院・・・
入院してるの?
ああ、もう!!
どんなに考えても分からない。
情報が圧倒的に足りない。
答えは見付からない。
見付かるはずもない。
いや、そもそも、今日だけが休みなのかも知れない。
明日だ。
明日、学校に行って。学校に行って?
待つ。待って?
いや、そうじゃないでしょ?
自分に自分で質問を繰り返す無為な時間。
何も前に進まず、何も解決しない。
会いたい。
会いたい。
会って話しがしたい。
声が聞きたい。
もう一度、頭を撫でてほしい。
いつの間にか、ベッドの上で眠りに落ちていた。
どんな夢を見ていたのかは分からない。でも、たぶん、当たり前だった日常の夢だ。だって、こんに枕が濡れているから・・・
夜が明け、再び朝が訪れる。
今日は、今日こそは智洋に会いたい。決意を胸に、制服に着替えた私は階段を下りていった。
「おーっす」
いつもとはトーンダウンした桐山の声が聞こえる。やはり、智洋は朝練に参加していないのだ。
私と目が合った桐山が、首を左右に振る。その表情から、智洋と連絡が取れていない事がうかがえる。桐山にすら連絡先を教えず、自宅にもいない。いったいどこに行ってしまったのだろうか。
仕方がない。
あまり気は進まないが、最後の手段を使うしかない。
昼休憩まで待ち、桐山を非常階段に呼び出した。
「何か分かった?」
「いや・・・お前は?昨日、智洋の自宅まで行ってきたんだろ?」
「うん・・・」
ごめん、桐山!!
心の中で両手を合わせる。
「妹の、美月ちゃんに会ったよ」
「おう、美月ちゃんか。もう何ヶ月も会ってないな。智洋に似ず、かなり可愛い子だよな」
「え・・・ええ?
それより、桐山、アンタ私に隠してたでしょ」
「隠してた」という単語を耳にし、いきなり挙動不審になる桐山。その分かりやすい性格を、今回は利用させてもらう。
「まあ、いいけど・・・それでね、自宅まで行ったんだけど、智洋はいなかった」
「いない?」
「うん、病院だって」
「マジか・・・アイツ、先週が医者がくれたプレゼントって言ってたからなあ」
桐山は、私がすべて聞いてきた事を前提に話している。
「病院って言ったら、やっぱり・・・」
中途半端に会話を切る。すると、案の定桐山が二の句をつなぐ。
「総合病院か。この辺りだと、あそこしか脳神経外科ってないからな」
脳、神経外科?
倒れた時に頭を打った?
「どうした?お前、顔が真っ青だぞ。大丈夫か?」
桐山がしきりに話し掛けてくるが、一向に耳に入らない。
いや・・・
最近、智洋の様子がおかしかった事を思い出す。
そう言えば、最近よく何も無いところで転んでいた。
それも、一度や二度ではない。
何?
「志田、お前本当に大丈夫か?」
考えれば考えるほど怖くなってくる。
「大丈夫か?」って?これっぽっちも平気ではいられない。
「ごめん」
そう言って私は、非常階段の踊り場を後にした。
鉄扉から校舎の中に入ると廊下を走り、2年3組のプラスチックボードが差し込まれた教室に飛び込む。勢いよく入ってきた私に、美優が目を丸くした。
「どうしたの?」
「帰る」
「え?なになに?調子悪いとか?」
「違う」
「は?」
「違うけど、もう帰る」
カバンを持ち、手を振る私に何の事か分からない美優も、勢いで手を振り返す。
もう待ってなんかいられない。
こちらから会いに行くんだ。
駅前のロータリーに着くと、目当てのバスはもう停まっていた。
正面の上部に「総合病院」と表示されたバスに乗り込む。総合病院は市の中心部にあり交通の便が良く、市内ならどこかれでもバスが出ている。
5分ほど経過した頃、ピーという電子音とともに扉が閉まった。
突然会いに行ったら驚くだろうか?
無視して「帰れ」なんて事は言わないと思うが、それなりに覚悟はしておこう。
どんな顔をするだろうか?
会いたい。
早く会いたい。
左右に揺らされること30分余り。バスが左にウインカーを出し、病院の表玄関に向かって曲がって行く。最後のアナウンスが流れ、ここが目的地である事を告げる。
緊張してくる。
心臓が張り裂けるほど、ドクドクと激しく鼓動する。
万一破裂するような事があっても、ここは病院だから・・・とか、意味不明な事まで考えてしまう。
正面玄関から中に入ると、すでに外来の診察は終了していた。
薄暗く照明が落とされたロビーにを歩いて行くと、受付らしきカウンターと2名の女性職員が座っていた。
そこまで進み、カチコチに強張った笑顔を作り、左側にいる女性に話しかける。
「あの、スイマセン」
「はい、何か御用ですか?」
「御用・・・ってほどのものではないのですが、お見舞いに」
「どなたのお見舞いに参りられましたか?
入院されている方のお名前と、病棟、あなたのお名前と続柄を教えて下さい」
機械的に質問してくる職員にたじろぎながら、その内容に答えていく。
「えっと、患者さんの名前は藤井 智洋。脳神経外科に入院していると思うんですけど・・・」
私の話しを聞きながら、職員はキーボードを叩く。そして、目の前にあるディスプレイを指差しながら、入院患者を確認していく。
「私の名前は──」
「いらっしゃいませんね」
「え?」
「ですから、そういう名前の患者さんは入院してません」
頭の中が真っ白になる。
「で、でも・・・」
私の言葉を職員の声が冷たくさえぎる。
「どちらで聞かれたのか分かりませんが、もう一度よく確認された方がいいと思いますよ。それに、病院は個人情報の管理が厳しいので、続柄が明確でない方を案内するわけにはいかないんですよ」
上目使いで睨まれ、思わず怯む。
「あ、ありがとうございました。あとスイマセン、トイレは・・・」
無言のまま職員は、自分の背後を指差した。私は頭を下げ、足早にその場から離れた。
「ふう」
トイレに行くフリをして廊下を曲がり、たまっていた空気を吐き出す。そして、壁に貼られている、病棟という矢印の方向に進んで行く。
案内してもらえないなら、自分で勝手に行けばいい。直接ナースステーションに行って、看護師に聞けばいいだけだ。
矢印を目印に歩いて行くと、外来がある建物から別の建物へと続く廊下に出た。おそらく、この先が入院患者がいる病棟だろう。
建物に入ると、急にパジャマ姿の患者が増えてきた。そのうちのひとりに声を掛けた。
「スイマセン、脳神経外科の病棟はどこですか?」
「この奥。1階の一番奥だよ」
年配の女性患者は、丁寧にそこに行くまでの道順も教えてくれた。
点滴を引きずって歩く入院患者に進路を譲りながら、教えてもらった通りおくへと進んで行く。すると、脳神経外科と書かれたナースステーションが見えてきた。
ようやく、ここまで来た。
「どうしたの?何か用?」
感慨にふけっていると、中からでてきた看護師に声を掛けられた。
「あ、藤井 智洋さんに会いに来たんですけど」
「藤井・・・ああ、あの高校生」
制服姿の私を見て思い付いたのか、オーバーに首を縦に振る。
やっと智洋を見付けた事による安堵とともに、あの日以来会う緊張感が全身を駆け巡る。しかし、それは次の瞬間あっさりと消え去る。
「もう、いないよ」
「あの・・・」
「彼はこの病院から、よその病院に転院したの。一日だけの入院だったけど、ここに入院していたの間違いないけど」
こういう事には慣れているのか、看護師は素っ気なく対応する。
「転院先って、どこだか分かりますか?」
「転院先?うーん、最近は個人情報にうるさくてねえ、悪いけど教えてあげられないの。ごめんね」
「あ、あの・・・」
「ちょっと忙しいから、自分で探してみて」
そう言うと、看護師は病棟の奥へと速足で去って行った。
どうする事もできず、看護師が消えた廊下を呆然と見詰める。
目の前が真っ暗だ。自分でも肩がガクリと落ちたのが分かる。
もう、どこに行ったのか分からない。
智洋に、二度と会う事はできないのかも知れない。
翌日、登校した私は悲惨な状態だった。
絶望の闇の中で、生きている理由を失いかけていた。もともと、自分の存在理由なんていう無限ループにとらわれていた人間だ。いつ堕ちても仕方ない精神構造ではあったのだ。
それを、智洋という存在が核となり、バランスが取れていただけだ。
それでも、社交辞令だけはこなす。
「おはよう。待ってたのに、冬優花来ないんだから!!」
「あー、ごめんね。チョット寝坊しちゃって」
プリプリ角を生やして怒る美優に愛想笑いし、体裁を繕う。でも、目の焦点が合わない。
ああ、もう、何か、全部どうでもいいや。
もう、何もかも意味がない。
美優と会話をしながら、徐々に意識が遠ざかっていく。
もう、どうでもいいや。
私に生きている価値はない。
「クソ女!!」
そんな私の心に届いた言葉は、意外にも葵の啖呵だった。美優が何かを言い返そうとするが、それを制止する。
ゆっくりと顔を上げる私を、葵が見下ろしながら睨む。ボンヤリと見上げる私の目にも、葵の表情がいつにも増して真剣に写った。
「クソ女が、なんでそんな腑抜けた顔してんのよ」
「腑抜け?」
美優が私の顔を覗き込みながらつぶやく。
私は、その葵の言葉に目を見開く。
「どうして・・・」
その言葉を肯定と受け止めた葵は、鼻で笑いながら罵る。
「フンッ!!そんなの、見れば分かるでしょ。何が原因なのかは何となく分かるけど、そんなヤル気が無い顔されるとイライラするのよ!!」
何も言い返さず呆然としている私に、葵は腕組みをして罵り続ける。
「ああ、もうイライラする!!
なんで、こんな女に!!
こんな女のどこがいいのかと思って、アンタの事は毎日ずっと見てきた。未だに、こんな女のどこがいいのか、まったく分からない。分からないけど!!
でも、アンタがクソ女のままだと、私はそれ以下って事になるじゃない・・・
志田、アンタに良いところがあるとすれば、バカなところだけじゃん。どんな事があっても、結局は藤井君と一緒にいようと努力する。そこだけじゃん!!」
葵の言葉で一気に視界が開けた。
暗黒に染まった世界に光が戻っていく。
そうだった。
なぜ簡単にあきらめてしまったのだろう。
教えてもらえないなら、自分で探せばいい。脳神経外科で、入院設備まである病院なんて、そんなにあるはずがない。
私は勢いよく立ち上がり、カバンを手に持った。
「ちょ、冬優花どこ行くの?もう授業始まるよ」
「帰る」
「え・・・ええ!!」
驚く美優に敬礼ポーズを取り、扉の方向に一歩進む。そこで立ち止まり、葵に向き直った。
「ありがとう。クソ女だけど、いつか友達になろうね」
「フン、絶対にイヤ!!」
数学の先生が教室に入ると同時に、私は廊下に飛び出した。今度こそ、智洋を見付けるまではあきらめない。
智洋の身にいったい何が起きているのか?
病院・・・
入院してるの?
ああ、もう!!
どんなに考えても分からない。
情報が圧倒的に足りない。
答えは見付からない。
見付かるはずもない。
いや、そもそも、今日だけが休みなのかも知れない。
明日だ。
明日、学校に行って。学校に行って?
待つ。待って?
いや、そうじゃないでしょ?
自分に自分で質問を繰り返す無為な時間。
何も前に進まず、何も解決しない。
会いたい。
会いたい。
会って話しがしたい。
声が聞きたい。
もう一度、頭を撫でてほしい。
いつの間にか、ベッドの上で眠りに落ちていた。
どんな夢を見ていたのかは分からない。でも、たぶん、当たり前だった日常の夢だ。だって、こんに枕が濡れているから・・・
夜が明け、再び朝が訪れる。
今日は、今日こそは智洋に会いたい。決意を胸に、制服に着替えた私は階段を下りていった。
「おーっす」
いつもとはトーンダウンした桐山の声が聞こえる。やはり、智洋は朝練に参加していないのだ。
私と目が合った桐山が、首を左右に振る。その表情から、智洋と連絡が取れていない事がうかがえる。桐山にすら連絡先を教えず、自宅にもいない。いったいどこに行ってしまったのだろうか。
仕方がない。
あまり気は進まないが、最後の手段を使うしかない。
昼休憩まで待ち、桐山を非常階段に呼び出した。
「何か分かった?」
「いや・・・お前は?昨日、智洋の自宅まで行ってきたんだろ?」
「うん・・・」
ごめん、桐山!!
心の中で両手を合わせる。
「妹の、美月ちゃんに会ったよ」
「おう、美月ちゃんか。もう何ヶ月も会ってないな。智洋に似ず、かなり可愛い子だよな」
「え・・・ええ?
それより、桐山、アンタ私に隠してたでしょ」
「隠してた」という単語を耳にし、いきなり挙動不審になる桐山。その分かりやすい性格を、今回は利用させてもらう。
「まあ、いいけど・・・それでね、自宅まで行ったんだけど、智洋はいなかった」
「いない?」
「うん、病院だって」
「マジか・・・アイツ、先週が医者がくれたプレゼントって言ってたからなあ」
桐山は、私がすべて聞いてきた事を前提に話している。
「病院って言ったら、やっぱり・・・」
中途半端に会話を切る。すると、案の定桐山が二の句をつなぐ。
「総合病院か。この辺りだと、あそこしか脳神経外科ってないからな」
脳、神経外科?
倒れた時に頭を打った?
「どうした?お前、顔が真っ青だぞ。大丈夫か?」
桐山がしきりに話し掛けてくるが、一向に耳に入らない。
いや・・・
最近、智洋の様子がおかしかった事を思い出す。
そう言えば、最近よく何も無いところで転んでいた。
それも、一度や二度ではない。
何?
「志田、お前本当に大丈夫か?」
考えれば考えるほど怖くなってくる。
「大丈夫か?」って?これっぽっちも平気ではいられない。
「ごめん」
そう言って私は、非常階段の踊り場を後にした。
鉄扉から校舎の中に入ると廊下を走り、2年3組のプラスチックボードが差し込まれた教室に飛び込む。勢いよく入ってきた私に、美優が目を丸くした。
「どうしたの?」
「帰る」
「え?なになに?調子悪いとか?」
「違う」
「は?」
「違うけど、もう帰る」
カバンを持ち、手を振る私に何の事か分からない美優も、勢いで手を振り返す。
もう待ってなんかいられない。
こちらから会いに行くんだ。
駅前のロータリーに着くと、目当てのバスはもう停まっていた。
正面の上部に「総合病院」と表示されたバスに乗り込む。総合病院は市の中心部にあり交通の便が良く、市内ならどこかれでもバスが出ている。
5分ほど経過した頃、ピーという電子音とともに扉が閉まった。
突然会いに行ったら驚くだろうか?
無視して「帰れ」なんて事は言わないと思うが、それなりに覚悟はしておこう。
どんな顔をするだろうか?
会いたい。
早く会いたい。
左右に揺らされること30分余り。バスが左にウインカーを出し、病院の表玄関に向かって曲がって行く。最後のアナウンスが流れ、ここが目的地である事を告げる。
緊張してくる。
心臓が張り裂けるほど、ドクドクと激しく鼓動する。
万一破裂するような事があっても、ここは病院だから・・・とか、意味不明な事まで考えてしまう。
正面玄関から中に入ると、すでに外来の診察は終了していた。
薄暗く照明が落とされたロビーにを歩いて行くと、受付らしきカウンターと2名の女性職員が座っていた。
そこまで進み、カチコチに強張った笑顔を作り、左側にいる女性に話しかける。
「あの、スイマセン」
「はい、何か御用ですか?」
「御用・・・ってほどのものではないのですが、お見舞いに」
「どなたのお見舞いに参りられましたか?
入院されている方のお名前と、病棟、あなたのお名前と続柄を教えて下さい」
機械的に質問してくる職員にたじろぎながら、その内容に答えていく。
「えっと、患者さんの名前は藤井 智洋。脳神経外科に入院していると思うんですけど・・・」
私の話しを聞きながら、職員はキーボードを叩く。そして、目の前にあるディスプレイを指差しながら、入院患者を確認していく。
「私の名前は──」
「いらっしゃいませんね」
「え?」
「ですから、そういう名前の患者さんは入院してません」
頭の中が真っ白になる。
「で、でも・・・」
私の言葉を職員の声が冷たくさえぎる。
「どちらで聞かれたのか分かりませんが、もう一度よく確認された方がいいと思いますよ。それに、病院は個人情報の管理が厳しいので、続柄が明確でない方を案内するわけにはいかないんですよ」
上目使いで睨まれ、思わず怯む。
「あ、ありがとうございました。あとスイマセン、トイレは・・・」
無言のまま職員は、自分の背後を指差した。私は頭を下げ、足早にその場から離れた。
「ふう」
トイレに行くフリをして廊下を曲がり、たまっていた空気を吐き出す。そして、壁に貼られている、病棟という矢印の方向に進んで行く。
案内してもらえないなら、自分で勝手に行けばいい。直接ナースステーションに行って、看護師に聞けばいいだけだ。
矢印を目印に歩いて行くと、外来がある建物から別の建物へと続く廊下に出た。おそらく、この先が入院患者がいる病棟だろう。
建物に入ると、急にパジャマ姿の患者が増えてきた。そのうちのひとりに声を掛けた。
「スイマセン、脳神経外科の病棟はどこですか?」
「この奥。1階の一番奥だよ」
年配の女性患者は、丁寧にそこに行くまでの道順も教えてくれた。
点滴を引きずって歩く入院患者に進路を譲りながら、教えてもらった通りおくへと進んで行く。すると、脳神経外科と書かれたナースステーションが見えてきた。
ようやく、ここまで来た。
「どうしたの?何か用?」
感慨にふけっていると、中からでてきた看護師に声を掛けられた。
「あ、藤井 智洋さんに会いに来たんですけど」
「藤井・・・ああ、あの高校生」
制服姿の私を見て思い付いたのか、オーバーに首を縦に振る。
やっと智洋を見付けた事による安堵とともに、あの日以来会う緊張感が全身を駆け巡る。しかし、それは次の瞬間あっさりと消え去る。
「もう、いないよ」
「あの・・・」
「彼はこの病院から、よその病院に転院したの。一日だけの入院だったけど、ここに入院していたの間違いないけど」
こういう事には慣れているのか、看護師は素っ気なく対応する。
「転院先って、どこだか分かりますか?」
「転院先?うーん、最近は個人情報にうるさくてねえ、悪いけど教えてあげられないの。ごめんね」
「あ、あの・・・」
「ちょっと忙しいから、自分で探してみて」
そう言うと、看護師は病棟の奥へと速足で去って行った。
どうする事もできず、看護師が消えた廊下を呆然と見詰める。
目の前が真っ暗だ。自分でも肩がガクリと落ちたのが分かる。
もう、どこに行ったのか分からない。
智洋に、二度と会う事はできないのかも知れない。
翌日、登校した私は悲惨な状態だった。
絶望の闇の中で、生きている理由を失いかけていた。もともと、自分の存在理由なんていう無限ループにとらわれていた人間だ。いつ堕ちても仕方ない精神構造ではあったのだ。
それを、智洋という存在が核となり、バランスが取れていただけだ。
それでも、社交辞令だけはこなす。
「おはよう。待ってたのに、冬優花来ないんだから!!」
「あー、ごめんね。チョット寝坊しちゃって」
プリプリ角を生やして怒る美優に愛想笑いし、体裁を繕う。でも、目の焦点が合わない。
ああ、もう、何か、全部どうでもいいや。
もう、何もかも意味がない。
美優と会話をしながら、徐々に意識が遠ざかっていく。
もう、どうでもいいや。
私に生きている価値はない。
「クソ女!!」
そんな私の心に届いた言葉は、意外にも葵の啖呵だった。美優が何かを言い返そうとするが、それを制止する。
ゆっくりと顔を上げる私を、葵が見下ろしながら睨む。ボンヤリと見上げる私の目にも、葵の表情がいつにも増して真剣に写った。
「クソ女が、なんでそんな腑抜けた顔してんのよ」
「腑抜け?」
美優が私の顔を覗き込みながらつぶやく。
私は、その葵の言葉に目を見開く。
「どうして・・・」
その言葉を肯定と受け止めた葵は、鼻で笑いながら罵る。
「フンッ!!そんなの、見れば分かるでしょ。何が原因なのかは何となく分かるけど、そんなヤル気が無い顔されるとイライラするのよ!!」
何も言い返さず呆然としている私に、葵は腕組みをして罵り続ける。
「ああ、もうイライラする!!
なんで、こんな女に!!
こんな女のどこがいいのかと思って、アンタの事は毎日ずっと見てきた。未だに、こんな女のどこがいいのか、まったく分からない。分からないけど!!
でも、アンタがクソ女のままだと、私はそれ以下って事になるじゃない・・・
志田、アンタに良いところがあるとすれば、バカなところだけじゃん。どんな事があっても、結局は藤井君と一緒にいようと努力する。そこだけじゃん!!」
葵の言葉で一気に視界が開けた。
暗黒に染まった世界に光が戻っていく。
そうだった。
なぜ簡単にあきらめてしまったのだろう。
教えてもらえないなら、自分で探せばいい。脳神経外科で、入院設備まである病院なんて、そんなにあるはずがない。
私は勢いよく立ち上がり、カバンを手に持った。
「ちょ、冬優花どこ行くの?もう授業始まるよ」
「帰る」
「え・・・ええ!!」
驚く美優に敬礼ポーズを取り、扉の方向に一歩進む。そこで立ち止まり、葵に向き直った。
「ありがとう。クソ女だけど、いつか友達になろうね」
「フン、絶対にイヤ!!」
数学の先生が教室に入ると同時に、私は廊下に飛び出した。今度こそ、智洋を見付けるまではあきらめない。