好き ということ。
◆ 想いはつながる ・・・
駅まで戻った私は、カバンからスマートフォンを取り出す。
入院設備がある脳神経外科は3件。1件は総合病院だから、残りは2件だ。ひとつは中央病院。もうひとつは市民病院だ。ここからだと、中央病院の方が近い。しかし、ここからだと交通機関がない。
あ、レンタサイクルがあった。
駅前に設置されているセルフサービスのレンタサイクルを借り、中央病院を目指す。自転車で20分も走れば到着するはずだ。
ただ、中央病院は何かと評判が悪い。誤診なんて日常茶飯事だと噂されている病院だ。そんなところに、総合病院から転院するだろうか。
炎天下、9月末下旬とはいえ強烈な太陽が照り付ける。汗だくになりながらペダルを踏み締めて進む。
途中の自動販売機で飲み物を買い水分補給しながら進んで行くと、旧メイン道路の脇に中央病院が見えてきた。
まだ午前10時にもなっていないのに、駐車場の車はまばらだ。
正面玄関の横にある駐輪場に自転車を停め、自動ドアから中に入る。
空気が澱んでいる。
待合ロビーにも、ほとんど患者がいない。
すぐに、ロビーの隅にある案内センターに向かった。カウンターの中には、覇気が感じられない中年女性が座っていた。
「スイマセン、お見舞いに来たんですけど」
「はいはい」
声を掛けると、太った体を「よいしょ」と起して応対し始める。
「脳神経外科に、藤井 智洋という名前の患者さんがいると思うんですけど」
「藤井、藤井、藤井・・・」
私に何の質問もする事もなく、手書きのファイルをめくっていく。
「ないねえ・・・本当にウチなの?」
「あ、いえ、そう聞いた。と、思ったんですけど」
「それ、たぶん総合病院と間違えてるんじゃない?一応、脳神経外科はあるけど、入院している患者は3人。全員、何年もいる患者だから」
「ありがとうございます」
としか言いようがない。だけど、ここではない事だけは間違いない。
次に目指すのは市民病院。
場所は、ほとんど近隣の市との境界線近く。ここから10キロ近くはあるが、自転車なら1時間もかからない。
私はそのまま、レンタサイクルで市民病院を目指す事にした。
太陽が高くなるに従い、気温が上昇する。こんな日ほど曇って欲しいが、天気ばかりはどうする事もできない。
道程で何度か難所を迎えた。
急こう配の上り坂。最悪だった。自転車では登れないし、だからといって自転車を投げ捨てるわけにもいかない。
その度に、智洋の笑顔を思い出して乗り切った。
それだからなのだろうか、難所を過ぎる度に想いが募る。
もう、智洋が私の事をどう思っていようが、どうでもよくなった。
ぼんな事でイチイチ怯えていては、何も前には進まない。
目の前に最後の難関が立ちはだかる。市民病院は小高い丘の上に建てられている。病人やケガ人が行くのに、これで良いのだろうか?と八つ当たりに近い感情を抱きながら、自転車を押す。
ようやく正面玄関が目に飛び込んできた。
「もう、足が震えて歩けないよ・・・」
駐輪場脇にある日陰で休みながら、スーハーと呼吸を整える。
可能性としては、市民病院が一番確率が高い。いや、そもそも市内には、もうここにしか脳神経外科はない。
会いたい、会いたい、会いたい。
頭の中は、もうそれしかなかった。
極度の疲労で、すでに思考力が低下している。もう、自分の体裁を整えるなんて事はできなかった。
呼吸を整え、十分に深呼吸をしたあとで正面玄関に向かう。中央病院と違い、患者が診察券を投入する機械に殺到している。
その様子を眺めながら、インフォメーションセンターに歩を進めた。
「スイマセン」
カウンターの中にいる、制服姿の若い女性が応じてくれる。
「はい、どういった御用件ですか?」
「脳神経外科に入院している、藤井 智洋さんに会いに来たんですけど」
「はい」
女性職員がキーボードを叩き始める。すぐにその指が止まり、小首を傾げながら私を見た。
「今、お調べしているんですけど、そういった名前の患者さんはいないよういなのですけど・・・本当に市民病院に入院してらっしゃるんですか?」
「え・・・なんで?」
どうして?
市内には、もう入院設備がある脳神経外科なんてないのに。
脳神経外科というのがウソなの?
いや、でも・・・
もう、何度目になるか分からない絶望感。いったい何度繰り返せば、智洋に会うことができるのだろうか。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
脳内で反復する想い。
打ちひしがれる私を見かねたのか、職員の女性が顔を近付けて言った。
「彼氏?」
ハッとして我に返る。
もう今は、厳密に言うと彼氏ではない。
「どうして入院先を教えてくれないのか分からないけど、入院先は市内とは限らないと思うけど」
あ、そうか・・・それなら、選択肢は無限大に広がってしまう。更に愕然とする。
「もし、この近くで入院するとしたら、隣の市にある県立病院じゃないかな。あそこの先生は、全国的に有名な名医だから。市民病院に入院していた患者さんも、紹介状をもらって転院していった人を多いわよ」
「あ、ありがとうございます」
女性の職員は、人差し指を立てると自分の唇に当てる。
「がんばって」
私は深々と頭を下げ、その場から走って外に出た。
市外の病院。しかも県立病院だなんて、考えもつかなかった。
駐輪場に戻ると、途中で買ったスポーツドリンクを一気に飲み干す。そして、スマートフォンで県立病院を、脳神経外科について調べる。
あった。
探し物はすぐに見付かった。
野沢先生。脳神経外科の名医として、全国各地から手術を受けたいという患者が集まってくる・・・手術?
翌日、いつものように自宅を出た私は、上りのホームには立たず、下りの電車に乗り込んだ。
普段は見ない制服が車内にあふれる。キョロキョロとこちらの様子をうかがう学生がいる。いつもとは逆向きの電車に乗っていると、間違えて乗っていると思われているのかも知れない。
20分ほどで境界線を越え、隣の市に入る。徐々に背が高い建物が増え始める。私が住んでいる街と比べると、少しこちらの方が都会だ。
市内に入り5番目の駅に停車した時、駅名を確認して電車から降りた。昨日調べた情報では、まず南口に出て、5番のバスに乗る。とあった。そこに、県立病院行きのバスが停車するはずだ。
改札を抜け、南口と書かれた看板の指示に従う。白い通路を進み、階段を下りると、そこが南口のバスターミナルになっていた。
「5番、5番・・・」
呪文のようにつぶやきながら、目当てのバスを探す。
「県立病院行き」
電光掲示板の文字を確認し、停車しているバスに乗る。このバスにさえ乗ってしまえば、20分ほどで県立病院に到着する。
もしかしたら、会えるかも知れない。
「早く会いたい」が、「会えるかも知れない」に変わった。このまま会えない日々が続けば、「いつか会いたい」になってしまうのだろうか。
バスの扉が閉まり、いよいよ走り始める。
「ふう」と深いため息を吐く。
野沢先生を調べた時、気になる事が書いてあった。それは、野沢先生の専門分野について。
見慣れない街並みを進み、渋滞につかまる事もなく、インターネットで調べた通り20分で県立病院に到着した。
ここだ───
バスを降りた瞬間、そう思った。
当然、何の根拠も無い。
それでも、間違いなく、智洋はここにいると確信した。
正面の自動ドアから中に入り、市民病院の3倍はあろうかという受付ロビーを横切って行く。
インフォメーションセンターはあるが、どういうわけか必要なかった。身体が、まるで引き寄せられるかのように進んで行く。
受付ロビーの一番奥。そこに3基のエレベーターが並んで設置されている。そのうちの真ん中に乗るり、3階を押す。
エレベター内に掛けられた案内板が、3階が脳神経外科の病棟であると知らせている。
近い。
分かる。
たぶん、智洋にも分かっている。
ああ、会える。
ようやく、会う事ができる。
そう思うと、ホッとして、気が抜けて、視界がにじんでくる。
ナースステーションを通り過ぎ、そのまま進む。そして、白い扉の前でとまる。
藤井 智洋・・・
間違いない。智洋は、今ここにいる。
会える。
やっと、会える。
何て言おう。
やっぱり、今でも好きだと・・・
智洋がいないと生きていけないと、本当の想いを精一杯伝えよう。
こんなにも、私はあなたが好きです。
意を決して、ドアノブをつかんだ───
入院設備がある脳神経外科は3件。1件は総合病院だから、残りは2件だ。ひとつは中央病院。もうひとつは市民病院だ。ここからだと、中央病院の方が近い。しかし、ここからだと交通機関がない。
あ、レンタサイクルがあった。
駅前に設置されているセルフサービスのレンタサイクルを借り、中央病院を目指す。自転車で20分も走れば到着するはずだ。
ただ、中央病院は何かと評判が悪い。誤診なんて日常茶飯事だと噂されている病院だ。そんなところに、総合病院から転院するだろうか。
炎天下、9月末下旬とはいえ強烈な太陽が照り付ける。汗だくになりながらペダルを踏み締めて進む。
途中の自動販売機で飲み物を買い水分補給しながら進んで行くと、旧メイン道路の脇に中央病院が見えてきた。
まだ午前10時にもなっていないのに、駐車場の車はまばらだ。
正面玄関の横にある駐輪場に自転車を停め、自動ドアから中に入る。
空気が澱んでいる。
待合ロビーにも、ほとんど患者がいない。
すぐに、ロビーの隅にある案内センターに向かった。カウンターの中には、覇気が感じられない中年女性が座っていた。
「スイマセン、お見舞いに来たんですけど」
「はいはい」
声を掛けると、太った体を「よいしょ」と起して応対し始める。
「脳神経外科に、藤井 智洋という名前の患者さんがいると思うんですけど」
「藤井、藤井、藤井・・・」
私に何の質問もする事もなく、手書きのファイルをめくっていく。
「ないねえ・・・本当にウチなの?」
「あ、いえ、そう聞いた。と、思ったんですけど」
「それ、たぶん総合病院と間違えてるんじゃない?一応、脳神経外科はあるけど、入院している患者は3人。全員、何年もいる患者だから」
「ありがとうございます」
としか言いようがない。だけど、ここではない事だけは間違いない。
次に目指すのは市民病院。
場所は、ほとんど近隣の市との境界線近く。ここから10キロ近くはあるが、自転車なら1時間もかからない。
私はそのまま、レンタサイクルで市民病院を目指す事にした。
太陽が高くなるに従い、気温が上昇する。こんな日ほど曇って欲しいが、天気ばかりはどうする事もできない。
道程で何度か難所を迎えた。
急こう配の上り坂。最悪だった。自転車では登れないし、だからといって自転車を投げ捨てるわけにもいかない。
その度に、智洋の笑顔を思い出して乗り切った。
それだからなのだろうか、難所を過ぎる度に想いが募る。
もう、智洋が私の事をどう思っていようが、どうでもよくなった。
ぼんな事でイチイチ怯えていては、何も前には進まない。
目の前に最後の難関が立ちはだかる。市民病院は小高い丘の上に建てられている。病人やケガ人が行くのに、これで良いのだろうか?と八つ当たりに近い感情を抱きながら、自転車を押す。
ようやく正面玄関が目に飛び込んできた。
「もう、足が震えて歩けないよ・・・」
駐輪場脇にある日陰で休みながら、スーハーと呼吸を整える。
可能性としては、市民病院が一番確率が高い。いや、そもそも市内には、もうここにしか脳神経外科はない。
会いたい、会いたい、会いたい。
頭の中は、もうそれしかなかった。
極度の疲労で、すでに思考力が低下している。もう、自分の体裁を整えるなんて事はできなかった。
呼吸を整え、十分に深呼吸をしたあとで正面玄関に向かう。中央病院と違い、患者が診察券を投入する機械に殺到している。
その様子を眺めながら、インフォメーションセンターに歩を進めた。
「スイマセン」
カウンターの中にいる、制服姿の若い女性が応じてくれる。
「はい、どういった御用件ですか?」
「脳神経外科に入院している、藤井 智洋さんに会いに来たんですけど」
「はい」
女性職員がキーボードを叩き始める。すぐにその指が止まり、小首を傾げながら私を見た。
「今、お調べしているんですけど、そういった名前の患者さんはいないよういなのですけど・・・本当に市民病院に入院してらっしゃるんですか?」
「え・・・なんで?」
どうして?
市内には、もう入院設備がある脳神経外科なんてないのに。
脳神経外科というのがウソなの?
いや、でも・・・
もう、何度目になるか分からない絶望感。いったい何度繰り返せば、智洋に会うことができるのだろうか。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
脳内で反復する想い。
打ちひしがれる私を見かねたのか、職員の女性が顔を近付けて言った。
「彼氏?」
ハッとして我に返る。
もう今は、厳密に言うと彼氏ではない。
「どうして入院先を教えてくれないのか分からないけど、入院先は市内とは限らないと思うけど」
あ、そうか・・・それなら、選択肢は無限大に広がってしまう。更に愕然とする。
「もし、この近くで入院するとしたら、隣の市にある県立病院じゃないかな。あそこの先生は、全国的に有名な名医だから。市民病院に入院していた患者さんも、紹介状をもらって転院していった人を多いわよ」
「あ、ありがとうございます」
女性の職員は、人差し指を立てると自分の唇に当てる。
「がんばって」
私は深々と頭を下げ、その場から走って外に出た。
市外の病院。しかも県立病院だなんて、考えもつかなかった。
駐輪場に戻ると、途中で買ったスポーツドリンクを一気に飲み干す。そして、スマートフォンで県立病院を、脳神経外科について調べる。
あった。
探し物はすぐに見付かった。
野沢先生。脳神経外科の名医として、全国各地から手術を受けたいという患者が集まってくる・・・手術?
翌日、いつものように自宅を出た私は、上りのホームには立たず、下りの電車に乗り込んだ。
普段は見ない制服が車内にあふれる。キョロキョロとこちらの様子をうかがう学生がいる。いつもとは逆向きの電車に乗っていると、間違えて乗っていると思われているのかも知れない。
20分ほどで境界線を越え、隣の市に入る。徐々に背が高い建物が増え始める。私が住んでいる街と比べると、少しこちらの方が都会だ。
市内に入り5番目の駅に停車した時、駅名を確認して電車から降りた。昨日調べた情報では、まず南口に出て、5番のバスに乗る。とあった。そこに、県立病院行きのバスが停車するはずだ。
改札を抜け、南口と書かれた看板の指示に従う。白い通路を進み、階段を下りると、そこが南口のバスターミナルになっていた。
「5番、5番・・・」
呪文のようにつぶやきながら、目当てのバスを探す。
「県立病院行き」
電光掲示板の文字を確認し、停車しているバスに乗る。このバスにさえ乗ってしまえば、20分ほどで県立病院に到着する。
もしかしたら、会えるかも知れない。
「早く会いたい」が、「会えるかも知れない」に変わった。このまま会えない日々が続けば、「いつか会いたい」になってしまうのだろうか。
バスの扉が閉まり、いよいよ走り始める。
「ふう」と深いため息を吐く。
野沢先生を調べた時、気になる事が書いてあった。それは、野沢先生の専門分野について。
見慣れない街並みを進み、渋滞につかまる事もなく、インターネットで調べた通り20分で県立病院に到着した。
ここだ───
バスを降りた瞬間、そう思った。
当然、何の根拠も無い。
それでも、間違いなく、智洋はここにいると確信した。
正面の自動ドアから中に入り、市民病院の3倍はあろうかという受付ロビーを横切って行く。
インフォメーションセンターはあるが、どういうわけか必要なかった。身体が、まるで引き寄せられるかのように進んで行く。
受付ロビーの一番奥。そこに3基のエレベーターが並んで設置されている。そのうちの真ん中に乗るり、3階を押す。
エレベター内に掛けられた案内板が、3階が脳神経外科の病棟であると知らせている。
近い。
分かる。
たぶん、智洋にも分かっている。
ああ、会える。
ようやく、会う事ができる。
そう思うと、ホッとして、気が抜けて、視界がにじんでくる。
ナースステーションを通り過ぎ、そのまま進む。そして、白い扉の前でとまる。
藤井 智洋・・・
間違いない。智洋は、今ここにいる。
会える。
やっと、会える。
何て言おう。
やっぱり、今でも好きだと・・・
智洋がいないと生きていけないと、本当の想いを精一杯伝えよう。
こんなにも、私はあなたが好きです。
意を決して、ドアノブをつかんだ───