好き ということ。
◆ それぞれの想い ・・・
 いつからだろう。

「おはよう」
「おっはー」

 駅の改札で合流した美優と、並んで学校へと向かう。学校へと続くゆるい坂道を登りながら、自分ひとりだけの思考に陥る。

 いつからか、私の視線は、違う人を追い掛けるようになっていた。その行為が意味する事が何なのか、ずっと気付かないフリをしてきた。
 いや、本当に気付いていなかっただけなのかも知れない。
 でも・・・
 
 いつものように、300メートル以上もダラダラと続く坂道を歩いて行く。やがて突然開ける視界。小高い丘の上に建つ欅坂西高校を遮る物は何もなく、朝日はグランドを眩しく照らす。そこで走る陸上部員も、同じように光で包み込む。

「おー今日も走ってるねー」
 グランドと道路を隔てる金網に手を掛けながら、美優が前屈みになって凝視する。

「涼太君は今日もかっこいいのーうん、うん」
「え?あ、う、うん」
「あ、冬優花、ふじぴーが手振ってるよ。ふじぴーってば、一体どんな視力してんだろうねーっても、見付けるのは冬優花だけだけどさ」
 そう言いながら、美優が私の腕をグリグリとカバンでつつく。

 私は智洋に手を振り返しながら、ゆっくりと校舎へと歩き始めた。
 以前と同じようにグランドへと顔は向けているものの、最近の私は違うものを見ている。そんな私の変化に美優は気付くはずもなく、通学中の生徒たちに流されていく。

 2年3組の教室は、グランドに面した新校舎の2階にある。
 教室に到着した私は窓際の一番後ろの席にカバンを置き、窓からグランドを覗く。すでに朝の練習を終えた陸上部の姿はなく、私はゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 それから5分もしないうちに、教室の前方から、清々しいというよりも煩わしいと表現した方が的確な声が響き渡る。
「おーす!!みなの衆、今日も元気か!!」
「桐山、てめえ、朝からうるせーぞ!!」
「はっはー!!元気があれば何でもできるってかー!!」

 黒板の前で胸を張る桐山を眺めていると、後ろの扉から男子生徒が入ってきた。そして、爽やかな笑みを浮かべながらこちらに向かって歩いてくる。

「おーす」
 その男子生徒、智洋はひとつ向こう側の席にカバンを置き、窓際に座る私のそばに立つ。

「おはよう」
「あいつ、マジうざいよね」
「うん、マジ迷惑なんですけど」
 チョットだけ口を尖らせて同意する私を見て、智洋は顔を上げてふざけた口調で叫ぶ。
「涼太、お前、うるせーよ!!」

「はあ?」
 文句を言われた桐山が、黒板の前からズカズカと移動してくる。
「てめぇだって、朝っぱらから教室の気温上げてんじゃねーか」
「ばっ、な、何言ってんだ」

 少し焦った様子で、智洋は近付いてきた桐山の首に腕を回す。
「みんな知ってるつーの。今更だろ」
「え?ええっ!?」
 耳まで真っ赤にした私は、思わずその場でうつむいてしまう。

 夏休みに入る直前の7月20日に、智洋、藤井 智洋に告白された。

 断る理由なんて何もなかった。
 1年、2年と偶然同じクラスで、隣の席になった事も何度かあった。智洋はとにかく優しくて、さりげなく私を庇ってくれた事が何度もあった。
 智洋は私なんかより全然大人で、一緒にいるようになってからも、私にとって一番安心できる場所で、私にとって一番大切な人になった。

 でも・・・

「見てりゃ分かるだろ?ふつー」
「マジ?」
「マジ、マジ。つーか、隠してないだろ?」
「まーな」
 智洋と桐山は、私の目の前で高笑いする。
 
 白い歯を見せて笑う横顔。
 逞しく日焼けした黒い肌に、意思が強そうな黒く大きな瞳。
 気を許した相手だけに見せる、屈託のない笑顔。

「ん、何?」
 私はブンブンと首を左右に振る。
 目が合ってしまった。至近距離だけに、ごまかす事もできなかった。仕方なく、首を横に振る。とめどなく首を振る。そのうち気分が悪くなり、グルグルと視界が回り始める。

「ちょ、大丈夫?」
「う・・・ん。たぶん」
 智洋が揺れる頭を押さえ、どうにか私を落ち着かせる。

「涼太、てめー!!」
「えー、オレ何もしてねーだろ」
 再び桐山の首に、笑いながら腕を回す智洋。
 本当に仲が良い二人。
 聞けば小学校からの付き合いらしい。

 きっと、言葉がなくても分かり合えるのだろう。喧嘩している場面にも出くわすけど、次の瞬間には肩を組んで笑っている。そんな二人は、私の宝物。宝物なんだ。

 スピーカーから電子音のチャイムが流れ、智洋と桐山は自分たちの席に戻って行った。

 遠ざかる背中を追い掛ける。
 一時間目の授業が始まる。

 9月も終わりだというのに、窓から流れ込む風には夏の匂いが残っておる。ジリジリと焦げるアスファルトの、ユラユラと揺れる陽炎のように。

 焦がれる。
 焦がれていく。
 ジリジリと。
 気付かないうちに、気付いた今でも。

 コツコツとチョークが黒板を叩く。
 アルファベットが、黒板いっぱいに広がっていく。
 広がった端に、その背中はある。
 視線が止まる。
 手も止まる。
 時間が止まり、呼吸ができなくなる。
 苦しい。
 苦しいよ。

 チョークの音が止まり、教室に流暢な英語が響く。その声に我に返り、ハッとして左側を向いた。

 そこにいる人。
 大切な人。
 気配を察して振り向く横顔。
 思わず私は、視線を逸らしてしまった。


「ちょっと、ジャマなんだけど」
「あ、ご、ごめん」

 放課後、廊下で美優を待っていた私に、クラスメートが軽くぶつかってくる。勝気な態度、睨み付けるような瞳には、ハッキリと敵愾心が見て取れる。

「・・・何で、あんたなんかを」
 吐き出した捨て台詞とともに、小さな背中は廊下を走って行く。

「おっ待たせーって、また葵に絡まれてんの?」
 教室から駆け出してきた美優が、私の肩に手を置きながら葵の後ろ姿を見送る。
「うん、まあ・・・ね。もう、慣れたけどさ」
「そこは、堂々と怒っとけ!!あんたは、カ・ノ・ジ・ョなんだから」
「ハハ、まあ頑張るわ」

 クラスメートの平手 葵。智洋や桐山と同じ陸上部に所属している。
 智洋は何も言わないけど、美優が仕入れてきた情報によると、私たちが付き合い始める直前、智洋に告白したらしい。その結果は、言うまでもない。
 それだからだろうか。以前は話した事さえもなかったのに、夏休み明けから何かと絡んでくるようになった。

「よし、行くべさ」
「うん」

 廊下の先、3階へと続く階段を上がっていく。目指すは科学室。帰宅部の私たちは、本来チャイムと同時に校門を飛び出すところだけど、最近は毎日この場所に足を運ぶ。

 熱を含んだ強い風が、窓に掛った真っ白なカーテンを大きくなびかせる。フワリと翻るカーテンの中に駆け込むと、目の前には土埃が舞うグラウンドが広がっている。

 野球部員の掛け声。
 サッカーボールを蹴る音が、微かに耳朶を震わせる。

「来た、来た」
 クラブハウスから出てくる桐山を、美優が真っ先見付けて指を差す。
「涼太君かっこいいよねえ。もちろん、ふじぴーもかっこいいけど、冬優花の彼氏だしねー」

 美優の軽口も耳に入らず、私は桐山の姿を目で追う。定位置に陣取る私たちに気付いた桐山が、こちらに向かって大きく手を振った。

 ズキリと、胸の奥が痛んだ。
 痛い。
 ダメだ。
 気付かないフリをしてきたのに。
 息が苦しくなる。
 苦しくて、苦しくて・・・
 もう、泣きそうだよ。

「あ、ふじぴーも来たよ」

 美優の言葉で我に返り、笑顔で手を振る智洋を見付ける。
 手を振り返す。
 ごめん、ごめんね。
 両手をクロスさせるように大きく振る。
 苦しみが消えるように。
 大切な人の笑顔が消えないように。

「私さあ・・・」
「何?」

 智洋と桐山が準備運動を始めると同時に、その光景を見詰めながら美優が口を開く。

「涼太君に告白しようと思ってんだ」
「え?」

 ズキリと、また胸の奥が痛む。

「知ってると思うけど、ずっと好きだったんだ。
 やっぱ、あの笑顔を独占したいじゃん。
 私の涼太君でいて欲しいじゃん。
 断れたって仕方な、と思ってる。その覚悟も決めた。
 そりゃ当然悲しいけどさ、何もしないよりはマシかなって。
 もう、決めたんだ」
「美優・・・」

 呼吸すらできない私に振り返り、美優はニカリと笑って言った。
「応援してくれるよね?」
「うん」

 この時の私は、上手く笑えていただろうか?



 
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