好き ということ。
◆ いつまでも ・・・
 銀色のドアノブを回すと微かにきしむ音がした。
 ゆっくりと扉が開く。

「いらっしゃい」
 真っ白い部屋の中で、智洋が笑顔で待っていた。
 私はベッドのそばまで行き、隣にある椅子に腰を下ろした。

「冬優花、学校は?」
「さぼった」
「オレたち、別れたよね」
「そうだっけ」

 長い沈黙。
 でも、なぜか心地良かった。
 今更ながらに気付く。
 一緒にいれば、言葉なんていらなかった。
 ただ、ふたりでいれば良かったんだ。

 智洋の大きな手が、私の小さな手を包み込む。久しぶりに感じる智洋の存在。

「あのな」
「うん」
「オレさ、死ぬんだって」
「だと思った」
「そか」
「うん」
「そうか」
「うん・・・」

 再び沈黙が病室を支配する。
 今度は冷たく、凍てつくように。

 嗚咽が聞こえる。
 私の口からあふれ出る嗚咽が響く。

「私は・・・私は智洋が好き」
「オレも冬優花が好きだよ」
「ずっと一緒にいたい」
「オレも・・・」

「ねえ、ずっとそばにいてくれるんでしょ?
 ねえ、ずっと守ってくれるんでしょ?
 ねえ、あの時の約束を守ってくれるんでしょ?
 智洋が言ったんだよ。
 待ってて、いつか必ず冬優花が自慢できるような男になって、必ず迎えに行くからって。必ず、オレが冬優花を幸せにするって。
 そう、言ったんだよ?」

 智洋の目が見開いた。
 自分の手から、智洋が震えていることが伝わってくる。

「覚えてくれたんだ」
「思い出したのは最近だけどね」
「そうか・・・それだけでオレは」

 初めて見る智洋の涙はキレイで、キラキラと光って白に溶けていく。
「もう泣かないと決めていたのに」と泣き笑いする智洋は、いつもの智洋だった。

 30分以上、手をつないだまま黙っていた。お互いに話したい事はたくさんあったはずだ。でも、言葉なんて必要ないと気付いた。

 それでも、容赦なく時間は流れていく。


「冬優花、オレは明後日、この病院で手術を受ける」
 その言葉に呼吸が止まる。
「かなりヤバイらしいんだ。
 奇跡的に症状が出ていなかっただけで、もう、いつ脳組織が圧迫されてもおかしくないらしい」
 震える私の手を、智洋が空いている方の手で押さえる。

「このまま放置していても、間違いなく死ぬ。
 手術の成功率は5パーセント」
「5・・・」
「うん。それでも、少しでも可能性があるなら、チャレンジするしかない」

 チャレンジする決意を示す智洋を前にしても、涙は不吉だとは分かっていても、もう、まともに前が見えなかった。
 そんな私を引き寄せ、いつものように頭を撫でる。

「オレは、病気が発覚してからずっと、自分が生まれてきた意味がないと思っていた。
 冬優花を泣かせ、家族を泣かせ、親友を泣かせ・・・だから、オレが生きていることに意味がないと思っていた。
 自分の存在理由を、ずっと探していたんだ」

 存在理由・・・
 私が探し、見付けられなかったもの。

「でも、やっと分かった」
 そう言って、智洋は笑った。
 先ほどまでの悲壮感は影をひそめ、心からの笑顔を見せている。

 
「藤井さん、そろそろ検査の時間ですよ。ナースステーションまで来て下さい」
 突然扉が開き、看護師の声が響いた。
「はーい」

 智洋がベッドから降り、立ち上がった。立ち上がると分かる。左足が小刻みに震えている。

「ということだ。チョット行ってくる」
「あ・・・」
 つないでいた手を、智洋がそっと放した。

「ありがとう。
 オレは冬優花に会えて、最高に幸せな人生だった。オレは世界で一番、幸せな人生だったと胸を張って言える
 本当に、ありがとう」

「や、やめてよ・・・何か最後の言葉みたいじゃない。お願いだから、いつものように、笑って、手を振って、また明日って」

 智洋は病室を出て行きながら、振り返らずに右手を上げた。
「じゃあ冬優花、次は明後日な」
「うん」

 廊下に消えていく後ろ姿。
 慌てて私も廊下に飛び出した。

 遠い後ろ姿。
 小さくなり、消えていった。

 扉の外に立っていた女性が、私に深々と頭を下げていた。
「ありがとうございました・・・」


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