好き ということ。
◆ 届かない想い ・・・
 放心状態のまま帰宅した私は、夕食を放棄して自室にこもった。
 今日一日だけに集中していろいろな事が起き、頭の中が整理できていない。

 余計に分からなくなってしまった。
 
 フローリングの床に寝ころび目を閉じる。
 今日の出来事がダイジェストで脳裏に浮かぶ。

 たぶん、初め魂はひとつだったんだ。
 それが人として生を受ける時に、男と女のふたつに分けられた。
 だから、私たちは、私は残りの半分を探し続ける。
 もう一度ひとつになろうと、生きている限り求め続ける。
 理屈ではなく、魂が呼び合うんだ。

 滑稽だと笑えばいい。
 そんなバカな事があるわけないと、罵ればいい。
 だけど・・・
 それなら、その隣にいる人が好きな理由は何ですか?
 それが無くなったら、その人と別れるのですか?
 言葉では説明できない何かが、その人との間にあるのではないですか?
 赤い糸は、魂と魂がつながっている証拠でしょう。

 ああ、私の魂はいったい誰とつながっているのだろう?


 翌日、二日連続でほとんど眠らないまま自宅を出た。昨夜も眠いはずなのに、頭が冴えてほとんど寝る事ができなかった。
 今更襲ってくる睡魔と闘いながら、どうにか登校した。

「冬優花、ホント大丈夫?
 目の下のクマがひどいし、完全に目がウチの近所にある魚屋の店頭に・・・」
「分かった、分かった。サンマよね、サ・ン・マ」
「うん、そうそう。半腐りのサンマね」
 美優とお約束のような会話を続けていると、教室の前側の扉から早朝練習を終えた葵が入ってきた。自然と視線が絡まる。

 葵は自分の席にカバンを置くと、立ち止まることなく私に向かって歩いてきた。近付いてくる葵に気付いた美優が、接触をさえぎるように移動する。
「どいて」
 硬質な葵の声が、美優の背中に突き刺さる。美優と目が合った私は静かにうなずく。
 これは、避けては通れない道だ。

 横にズレた美優にわざと肩をぶつけ、目の前に移動してくる。
「逃げるな」
 葵の第一声に視界が揺れる。
 葵の顔が近付き、耳元に寄せた口から小さな声で告げられる。
「昼休み、クラブハウスの裏」
「・・・分かった」

 本気だからこその怒り。断る選択肢は・・・無い。

 その時、聞き慣れた声が教室に響いた。
「おーす」
 私はその方向を見る事ができず、聞こえないフリをする。しかし、声の主は全く意に介さず、いつも通りに歩み寄ってくる。
「おはよう」
「お、おはよう」
 前を向いたまま、素っ気なく返事をする。
 どんな顔をすればいいのか分からない。
 何を言えばいい分からない。

 智洋は私の後ろを通り過ぎると、窓から外を眺める。
「あ、UFOが飛んでる!!」
「え、ホント?どこどこ?」
 思わず身を乗り出し、空を見上げる。そんな私の方に振り向くと、智洋はもう一度笑顔で言った。
「おはよう」


 昼休み、美優や智洋に気付かれないよう、トイレに行くフリをして教室を出た。すでに、教室に葵の姿は無い。

 クラブハウスに向かいながら、小刻みに震える手をギュッと強く握り締める。一体、何を言われるのだろうか。どんな言葉で罵られるのだろうか。覚悟はしていても心拍数が上がる。

 いや、違う。
 私は責められるべきなんだ。
 いくら智洋が許そうとも、私は一番大切な心を裏切った。

 クラブハウスに到着した私は、外壁と建物に挟まれた空間に回り込む。校舎やグランドからは死角になり、誰からも見えない場所。
「遅い、アンタ何様のつもり!!」
 葵を筆頭に4人の陸上部員たち。あの日と同じ顔が並ぶ。ゆっくり近付いて行くと、逃げ道を無くすように取り囲まれた。

「あの事、ちゃんと藤井君に伝えておいたから」
 知ってる。
「クソ女!!」
 知ってる。
「最っ低な女」
 知ってる。
「最悪の裏切り者」
 知ってる。
 葵がツカツカと近付き、ドンと私の左肩を突く。
「別れ話は?ちゃんと別れたんでしょうね!!」
「どうなの!!」

「・・・できない」
 声を搾り出す。

「はあ?」
「何それ?ふざけてんの!?」
「最悪、考えられない。こんな状態で、よく言うわ。
 この二股女が!!」
「もう藤井君の事なんかどうでもいいんでしょ。アンタは桐山君が好きなんでしょ?別れなさいよ!!」

 全ての言葉が胸に突き刺さる。でも、言われても仕方のないこと。智洋は何も言わないけど、本当はこう思っているのかも知れない。

 絶え間なく四方から浴びせられる言葉に、唇を噛み締めて耐える。耐え続ける事が、少しでも償いになるのであれば・・・

「前にも言ったよな」
 背後から聞こえた声に、葵たちの表情が一変する。
 近付いてくる足音に怒気が含まれている。
「もう二度と、冬優花に手を出すなと・・・そう言ったよな」
 葵たちが囲みを解き、私から距離を取る。
「あれは、あのヌイグルミの・・・」
「言っただろ」
 智洋の声が一段低くなる。

「でも!!」
 今にも泣き出しそうな葵が、そんな智洋に対して叫ぶ。
「でも、藤井君の気持ちを志田は裏切ったじゃない」
 ズキリと胸が痛くなる。
「私は・・・私はずっと藤井君が好きだった。今も変わらず、ずっと好き。なのに・・・それなのにソイツは!!」

「・・・うるさい」
 智洋が一歩足を踏み出し、声を荒げる。
「お前たちには関係ない!!
 これはオレたちの、オレの問題だ!!
 何があろうと、オレの気持ちは変わらない。
 誰であろうと、どんな想いであろうとオレの気持ちは動かない!!」
「な、なんでよ・・・なんで、そんなに」
 ポロポロと涙を流しながら、葵が智洋に詰め寄る。

「人を好きになるのに、理由がいるのか?」

 葵は目を見開いたあと、腕で涙をぬぐった。そして、うなだれたまま、他の陸上部員とともに歩き出す。そして、すれ違う瞬間、泣いている葵と視線がぶつかる。
「・・・クソ女」
 そう小さくつぶやくと、葵は校舎に向かって走り出した。

「まあ、そういう事だ」
 背後からポンと頭に手を置いた智洋が、いつもの優しい口調で言う。

 情けない自分に泣きそうになる。
 ああ、もう・・・
 今はその優しさが痛いよ。
 ひとつひとつの言葉が崩壊状態の心に突き刺さる。
 
「行こうか」
 歩き始めた智洋のうしろを、無言でついて行く。

 この、桐山への想いが消えてしまえいいのに。忘れてしまえればいいのに。でも、ムリヤリ消し去ったとしても、その欠片が心のどこかに残ってしまう。
 黒板に書いた文字のように、白く汚れたその下に、微かに文字が残ってしまう・・・

 5時間目の授業が始まる。
 昼食直後には厳しい英語の授業。
 カツカツと響くチョークの音、左から右へと続く英文。それを目で追っていると、白い背中が視界に写る。いつもと同じ光景。いつもと同じ先生の声。いつもと違うのは、私だけだ。

 右側を見ると、真っ直ぐに前を向く智洋の姿。
 私の視線に気付かない智洋は、黒板に書かれた文章を一生懸命ノートに書き写している。その横顔を、私はぼんやりと眺め続けた。


 放課後、何も知らない美優に手を引かれ、いつもと同じように科学室に移動する。美優は窓際に椅子を並べ、そこに陣取るとクラブハウスの方角を見詰める。

「昨日はさ、冬優花がいなくなるし、ひとりだと怖くって来なかったんだ。だって、フラれたわけだし・・・ね」
 それはそうだ。そう簡単にはいかないよね。
「でも・・・あ、涼太君だ」
 大きく手を振る美優。グランドに向かう桐山が、私たちの存在に気付く。一瞬困惑したように見えたが、笑顔で敬礼ポーズをとる。
 それに敬礼ポーズで返しながら、美優が続ける。
「でもさ、どっちの方向にでも、進まなきゃ何も始まらないし、何も終わらせないじゃん」

「始まらないし、終わらない・・・か」

「冬優花、ふじぴー来たよ、ふじぴー。あーあー、こっちガン見してるよ」
 大笑いしている美優の横に移動して外を見ると、確かに、立ち止った智洋が目を凝らしてこっちを見上げている。変だ。確かに笑える。3階の窓に私の姿を発見した智洋は、姿勢を正して軽く手を振る。
「なにアレ」
 ケタケタと美優は笑っているが、私には智洋の気持ちが分かった。
 心配なんだ。ただ、私の事が気懸かりだったんだ。

 いつも通り、いつものように窓枠にアゴを乗せ、ダラダラとグランドを眺める。真夏に比べれば随分と気温は下がったが、まだまだ30度を大きく超えている。よくもまあ、こんな暑い中を走れるものだ。

 智洋と桐山が並んで走っている姿を見ていると、なぜだか妙に安心しまウトウトしてきた。途切れ途切れになる景色。徐々に消えている時間が長くなってくる。

「冬優花!!」
 突然、科学室に美優の叫び声が響く。反射的に身体を起こすと、グランドに人だかりが見えた。
「ふじぴーが倒れた」
 美優の言っている意味が分からず、思わず聞き返す。
「だから、走っていたふじぴーが倒れたんだってば!!」

「え・・・?」




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