ダブルベッド・シンドローム
私の話が、私が病室を逃げ出したときに差し掛かっても、慶一さんが泣いてしまうことはなかったため、私は少し安心していたところがあった。
ところがそれは彼の鈍感さが発揮されてのことなのでは、という疑いを持ったため、私はこれは安心していいことではないと、すぐに思い直したのだ。
「慶一さん、大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。・・・ただ、考えたことがなかったので、母がそんな状況にあったなんて。実感が沸いていないのかもしれません。」
「そう、ですよね。」
私は慶一さんが、私の胸にしがみついて、泣いてくれることを望んでいたのだろうか。
なぜ自分がこんな気持ちになるのか、よく分からなかった。
いや、本当は分かっていたのだ。
私は許されたかったのだ。
桜さんのことを裏切ってしまった代わりに、慶一さんに必要とされることで、それで桜さんに、許されたかった。
見つけ出した免罪符にしがみついて、慶一さんを想っているフリをしながら、そこにまた愚かにも取り入ってしまおうとしているのだ。
自分が自分に、押し潰されてしまいそうだった。
「菜々子さん。」
すると慶一さんは、私の頭に手を添えて、そして自分の胸に引き寄せた。
これでは私のしたかったことと逆であったので、私は少しだけその胸を押し返して、今度こそ「本当は辛いでしょう?」と言ってあげたかったのに、彼はさらに腕に力を込めて、私を放そうとはしなかった。
私の体に、力を入れて触れたことのなかった彼が、そんなことをしたのは初めてだったので、私はそれ以上、動けなくなった。
「菜々子さん、大丈夫ですよ。」
私は思い出したのだ。
慶一さんと会うのは初めてだったのに、どこかで見たような気がしていたのは、彼が、桜さんにそっくりだからだ。
今までそれに気づかなかったのは、彼が今ほど、桜さんと同じような、優しい表情で微笑んでくれたことが、今まで一度も、なかったからだ。
「菜々子さん。辛かったですよね。ずっと。」
そうだ、私は辛かった。
ずっと辛かった。