ダブルベッド・シンドローム
自分の本当の望みはこんなところにあり、それは本当に自分でも気づくことができなかったのだが、それは私には、桜さんに負い目のある私には、自分で気づくことなどできなくて当然だったのだ。
私がかけて欲しい言葉は、桜さんをまた裏切ってしまう言葉なのだ。
彼女との記憶が、ずっと今まで「辛かった」
苦しかった。
ごめんね桜さん、あなたのことは、私一人の胸には、抱えきれないくらいに、辛かった。
慶一さんが気づいてくれなければ、私はきっと、こうして誰かの胸にしがみついて泣くことはできなかったのだ。
「菜々子さん、大丈夫。ありがとう。」
目の前の慶一さんの青いセーターに、私の涙が染みていき、どんどん紺色に変色していった。
「慶一さん、ごめんなさい。」
「謝ることなんて、何もありません。僕は菜々子さんがいなければ、僕を捨てたと思っていた母の心を、一生知らずに生きていかなくてはなりませんでした。」
「でも、」
「なにより、貴女がいてくれたおかげで、母を一人で死なせずにすんだのです。ありがとう、母を看取ってくれて。」
逃げ出した私は、彼女を看取ることはできなかったのだが、しかし彼にもそれは伝えたことであり、彼の言っている「看取る」という意味は、もっと大きな意味を持っていたのだ。
「私は間違ったことをしたんです。」
「いいえ、僕はこれで良かった。菜々子さんに救われました。」
「看護師失格なんです。」
「それでもいいです。看護師失格の貴女に、僕は本当に、出会えて良かった。」
慶一さんの唇が、涙でぐちゃぐちゃの私の顔に降ってきて、その涙を吸うように、私の目元を湿らせていく。
目を閉じると、それはやがて唇へとおりてきた。
「菜々子さん。もう、大丈夫ですから。僕も大丈夫です。菜々子さんがいるので、菜々子さんに救われているので、もう大丈夫なんです。」
「慶一さん・・・」
「僕がいますから。菜々子さんにも、これからはずっと、僕がいます。だからもう泣かないで下さい。」