ダブルベッド・シンドローム


コピー機やシュレッダーが稼働する、耳障りな音が恒常的に聴こえている中で、最も耳障りな、内線電話が鳴った。

鳴っていたのは私の目の前の電話であったが、少し席を離れていたからか、走って戻る私よりも先に、前原さんが受話器をとった。

電話を受けた前原さんは、首を傾げながら、私に受話器の持ち手を差し出した。


「システム統括部の、橋田部長から。何だろうね、偉い人だよ。」


偉い人から電話がかかってくるのは、もう全て、社長や専務の話だろうと思っていたため、私は大して驚くこともなく、その受話器を受け取った。


『ああ、宮田さん?すみませんね、システム統括部の橋田と申します。』

「はい、宮田です。お世話になってます。」

『ちょっとね、いくつか聞きたいことがあってね、まあ、その、身に覚え、あるよね?』

「え?」

『ない?』

「ええと・・・」


メモをとるために手元に用意したボールペンを、こめかみにカチカチと当てた。

頭の中を掻き分けるように探してみたが、この会社に入ってから、システム統括部とやらのお世話になったことはなく、身に覚えなどさっぱりなかった。


「すみません、ちょっと分からないです。どんなことでしょうか。」


すると、電話の向こうのことは全く分からないが、小さな小さな舌打ちが聴こえたような気がして、私は急に怖くなった。

電話の相手の橋田さんは、低く響く、柔らかい声をしているのだが、わずかな怒りが、ほんの少しだけ漏れだしていたのである。


『うーん、そっか、分かった。じゃあそうだね、ちょっとシステム統括部に来てもらうようになるかな。総務部長いる?・・・あれ、あれ?もしかして、うちの専務の婚約者とか何とかって、それ宮田さんのことだっけ?』

「あ、はい、一応、そうです。」

『あー、そうなのね、なるほどね。それじゃちょっと、後でいいや。部長より、専務に報告するのが先なんで、また連絡するから。』

「は、い。え、あの、大丈夫ですか?」

『うん、後でいいから。』


私の戸惑いの声を煩うかのように、それを振り払う要領で、電話は一方的に切られた。

いよいよ相手の怒りが決定的となり、しかもそれが、先程まで専務とは関係のないところにあって、その上での電話であったこと、またそれがこれから専務と関係付けられること、それがこの恐怖を捲し立てた。

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