ダブルベッド・シンドローム


その不安は、なぜか今になって勢力を拡大していき、私は、やっていない罪を証明することができず、罰せられてしまうのではと考え出していた。

テレビドラマでよく見る、無実の人が責められていて、逮捕寸前までいってしまうアレは、敏腕で破天荒な刑事のおかげて疑いが晴れるわけだが、今回はそんな刑事はいないからだ。


「それで、どうしたんだ、お前は。菜々子さんはどこにいる?」


専務が何て説明をしているのか、手に取るように分かるものだ、彼はさらさらとしたいつもの口調で、おおかた事実のみを淡々と述べているはずだ。

そこには主観は入れず、事実のみを。

彼は自分のことには主観で判断するが、他人のことは客観のみで判断するのだ、と、今やっと分かった。


「なんだと!?」


すると、社長は、電話を、耳から離して口の前に持ってきて、エントランスの中まで響く声で、その電話の通話口、その向こうの専務に向かって怒鳴りつけたのだ。

いつも穏やかな社長なのに、肩を震わせて、携帯電話が恐がるのではないかというくらいに、恐ろしい顔で。


「馬鹿者が!菜々子さんがそんなことするわけないだろう!」


全身からスッと力が抜け、胸の奥が変な風に痛くなった。

社長は電話の向こうに怒鳴り続けたまま、そのままエントランスに入っていき、エレベーターに乗り込んでいった。

私はそれを柱の後ろから確認した。


私は、社長のことが、また分からなくなった。

皮肉にも、専務に言ってほしかった言葉を、社長が迷いもなく口に出したのだ。

そのせいで、頭の中で社長を責めていたことが、一度白紙に戻ってしまい、私を救い出してくれる破天荒な刑事は社長だと思い直すことを余儀なくされた。

そしていよいよ、今までふわふわと浮かべていただけの疑問を、本格的に悩みだすこととなったのだ。

社長はなぜ、こんなにも私に信頼を寄せているのか、ということである。

< 46 / 110 >

この作品をシェア

pagetop