ダブルベッド・シンドローム
「・・・専務。早いですね。まだ五時ですよ。」
私はソファに座ったまま、専務の方に視線だけを送った。
専務に会いたかったはずだった。
社長に叱咤された専務への同情心で、彼を慰めたい衝動にかられていたのだが、先程、浜田先生と話したことで、私はすでに、また感情が変化していた。
「菜々子さん、今日のこと、申し訳ありませんでした。本来なら、僕が菜々子さんを信じて対応すべきだったのに、それをせず、事務的な対応をとってしまいました。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。」
「事務的な対応、なんですね、あれ。専務の。」
「本当は、すぐにでもお話すべきだったのですが、どうしても外せない会議がありまして、こんな時間になってしまいました。」
「別にいいですよ、待っていたわけではないですし。」
専務は息を切らしていて、それはなかなか収まる気配がなかった。
いつもの困った顔ではなくて、焦りの表れた表情に、彼が社長から、これまでにないほどこっぴどく叱られてきたのだろうと予想がついた。
私を引き留めなければ勘当だ、とでも言われたのだろうか。
「菜々子さん、あの、」
「専務。」
「はい!」
「専務は、私と結婚するということを、どう思っていましたか?」
私が過去形で尋ねたことで、彼の顔は歪んだ。
私は、情のある言葉が欲しかった。
浜田先生と話したことは、かなりのダメージがあったのだ。
専務は先程、会社で私を傷付けたわけだが、うって変わって必死で許しを乞う姿は、私のダメージを癒す可能性があった。
また、その姿に、私は愚かなことだが、「利用されている」という感覚は薄れていったのだ。
「僕が、どう思って、というと・・・」
もちろん、専務はこの手の質問に、すぐに答えることはできない。
私は待った。
「菜々子さんを、幸せにしようと、思っていました。」