ダブルベッド・シンドローム
「菜々子さん、あの、」
私がそこに唇をつけると、引き締まった体に、かすかに力が入っていた。
「慶一さん、嬉しいです。」
慶一さんは、私の唇が、彼の首もとや胸板を這っていくことを受け入れて、それに応える形で、私の髪を撫でていた。
しばらくそれを続けたが、私はもう一度その気になってしまわれた場合には、体力的にそれに応えることができないと思い当たり、胸より下へ行くことはやめて、上へとのぼっていった。
そして彼の唇にキスをすることで、終わりにしたのである。
「菜々子さん・・・、僕は、母を救ってくれたあの日から、貴女のことを、僕が独占していていいものか、悩むことがあるのです。」
「え?」
「貴女を、DOSHIMAに縛り付けていて、良いものか、ということです。貴女はもっと、たくさんの人の力になれる人なんじゃないかと。」
それは、私が働きたいと言ったとき、「DOSHIMAの総務部であれば」と条件をつけて許可を出した慶一さんとは思えなかった。
もうすっかり彼は、社長の操り人形を脱しているのだろう。
自分の目で見たことを頼りに、他人を判断するようになった。
もし、あの日の、あの人のことがなければ、私は慶一さんがこう言ってくれたことを、本当に嬉しく思ったのだと思う。
でも、どうしても消えない記憶が、私をそこへ引き戻すことを拒んでいるのだ。
「慶一さん・・・。そんなことを言っていただけるなんて、本当に、本当に嬉しいのですが、私は今のままで幸せです。そうですね、看護師は少しばかり、激務でした。そこらへんが向いていないかな、と。」
「そうなんですか?」
「ええ。」
私がそう言っても、彼は納得がいっていない様子で、彼は私にそれ以上の事情があることを感じ取っているようなのだが、それが何かまでは聞いてはこなかった。
おそらく聞いたところで、私がそれを白状することはない、と、分かっているのだ。
その代わりに、慶一さんは、私を抱き締めて、キスをした。
「菜々子さん、僕は、あの日から貴女を独占していていいものか、悩ましく思っていると言いましたが、本当は・・・」
慶一さんの表情は、そこに濃く映し込まれた「愛情」を、すべて私の瞳に注いでくるようで、私は動けなくなった。
「本当は、あなたを独占してしまいたいと、強く思うようになったのです。」
再び求められても、私はそれを拒むことはなかった。
彼の新しい表情と、夢見たような甘い言葉に、私も、もう一度、彼と触れ合いたくなったのだ。