ダブルベッド・シンドローム
─DOSHIMAでは異動があると、A4の白い用紙に、新しい所属部課と名前が示されて、その後ろに括弧書きで旧所属部課が書かれたものが、社内の各フロアの掲示板に貼り出される。
ちょうど、10月の終わりという区切りではあったが、先月の期末のタイミングで大方の異動が出ていたはずなのに、その日も一人だけ、異動が出ていたのだ。
『以下のとおり人事異動を発令致します。
(株)堂島テクノロジー 大阪営業所 総務係
北山 朋美(旧 社長室秘書)』
異動となったのは、北山さんだった。
私がその貼り紙を見たのは業後であったのだが、実際には朝から貼り出されていたようで、思い返せば「なんで今異動なんだろうね」「大阪なんて遠くて気の毒」朝からそんな会話が聴こえていたような気もした。
一緒に貼り紙を見ていた前原さんは、腕を組んで、眉を寄せていた。
「分かりやすい左遷よね。これ。」
「え?」
北山さんは私の中で、少しばかり遠くにいる人、女として憧れる人であった。
優しいというわけでも、冷たいというわけでもなく、ただ常に冷静で、的確で、頭の先から爪先まで隙がない人だったのだ。
あの人に左遷というのは、私はまったく、イメージが沸かなかった。
「あの、左遷ってどういうことですか?」
「だって社長室の秘書だった人が、子会社の、しかも遠方の営業所に飛ばされるなんて、どう考えたって島流しじゃない。」
私はどうしても納得がいかなかったのだが、それはおそらく、社長の娘たちの面倒を見ていた北山さんを、そんなことすら文句を言わずにこなしていた完璧な北山さんを、何かしでかそうとも左遷などされる対象となるのか、と、悔しく思ったのである。
社長もそうだが、慶一さんも、それを何とも思わないのか、と、私はまた彼に対して、彼が人に対して温かみのない対応をとるということに、振り出しに戻ってしまったようにさえ感じたのだ。