ダブルベッド・シンドローム
その後のこと、つまりそれは社長が病室を訪ねたときのことという意味なのだろうが、私は私の都合上、それを説明するときは、その少し前から話さねばならなかった。
あの日私が北山さんに電話を切られた、その直後のあたりからである。
─電話を切られた後、私の声は止んで、切られた電話の、ツーツーという突き放したような冷たい音だけが聴こえていたのだが、やがて、受話器を置いたことで、その音も止むこととなった。
桜さんの大切な人、本人に直接事実が伝わらなかったことに、軽い絶望感に苛まれていたのだが、私は、時間を空けてもう一度かけてみれば本人が出るのではないか、と、諦めてはいなかった。
するとそのとき、背後で、桜さんの嗚咽の音がした。
一度止みかけていた心臓の音が、また再び跳ねあがった。
「・・・菜々子ちゃん。何、してたの?」
彼女は起きていたのだ。
掠れゆく意識をギリギリで保っている状態なのに、頭も、目も、薄目を開けて天井を見つめたまま、その目にいっぱいの涙を溜めていた。
「・・・あの、桜さん、」
「電話しちゃだめって、言ったのに。」
「桜さん・・・」
桜さんはゆっくりと、それでも彼女のできるかぎりの力を使い、枕の上の頭をこちらへ転がして、私を睨むのだった。
天井を向いていた頭が傾いたことで、収まりきらない大粒の涙が、ポロポロと溢れていた。
私は彼女の決意を甘くみていたのだ。
彼女の流した涙と、本当に私を軽蔑したような瞳に、私は自分が、彼女との約束を破ったことの責任の重さを、感じざるを得なかった。
しかしまだ、頭のどこかで思っていたのだ。
大切な人なら、彼女に会えたほうがいいに決まっているのだと、自分の行動は決して間違ってはいないはずだと、独り善がりな考えがあった。
だから私は彼女に「でも」と言葉を続けようとしたのである。
しかしそれを遮る形で、彼女が「楽になれると思ったのに、誰も不幸にしないですむと思ったのに」と、涙でグチャグチャになった声でそう呟いたことで、私は改めて、彼女の選んだ最期に、手を加えてしまった責任を自覚したのだ。
私は私の傲りに気づいたのだ。
それは私を信頼して最期を任せてくれた桜さんを、最期に裏切るということで露呈したのだが、彼女にとってのこのときは、もう二度と訪れることはないのである。
彼女を彼女が選んだ死へと解放してあげることが、できなくなったのだ。
私のせいで。
私は、病室から逃げ出した。