クールな彼の甘い融点~とろけるほど愛されて~


居酒屋を出たところで、他職員への挨拶もそこそこに八坂さんが早足で歩く。
連れられるまま足を進め、やっと立ち止まったのはこの二週間で何度も来た公園だった。

相変わらず人気のない公園を、いくつかの白い色をした街灯が照らす。

そのひとつが照らす先を見て、あ……と思った。
バスケットボールが転がっていたから。

そういえば、八坂さんと初めてここに来た時にもあったっけ……と思いだし、苦笑いがもれた。

倉沢さんときたときも、井村さんときたときもボールなんてなかったのに、八坂さんと来たときだけ転がっている。

それが、まるで思い出だとかを疼かせる鍵に思えて笑ってしまった。

なにを思っているのか。
八坂さんは立ち止まり黙ったまま、しばらくバスケットボールを眺め……そして、視線はそのままに言う。

「俺には段階踏めって言っておいて、あいつはいいのかよ」
「段階……?」

なんのことか分からず呟くと「何段抜かしだよ、くそっ」と八坂さんが独り言みたいに言う。
不機嫌な声だった。

〝段階〟〝何段抜かし〟
八坂さんがなにを言っているのかが分からない。

『段階踏め』なんて言った覚えもないし……と考えていると、八坂さんがやっとこちらを振り返る。

握り直された手に、触れ合ったままなことを思い出しドキリと胸が跳ねた。

八坂さんは、声と同じように不機嫌な表情を浮かべていた。

街灯を背中に立った八坂さんの、歪に細められた瞳だけが光って見える。
電車の音が遠くに聞こえていた。


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