まさか…結婚サギ?
夏菜子たちが外にランチに出掛けたので、由梨はスタッフルームで、お弁当を食べていた。

ノックされて開けると、それは渉だった。

「…一人?」
由梨は顔を伏せて、黙った。

「見たら、わかりますよね?」
「電話…かわった?」

「知らない番号には出ないんです」

そっけなく言うと、渉が口を開く。
「由梨…俺は、ずっと由梨に謝りたかった」
でも、そう言われてももうそれは由梨にとっては遠い過去のこと。

「あのとき…俺は…試験に対する不安でいっぱいだった、本当にどうかしてた」
あのときとはつまりは2年以上前の事だ…。

「由梨も、必死に慣れない仕事をしていたの、わかってたのに、先に仕事を始めた由梨に、置いていかれたような気持ちになった」
渉はまっすぐに見て話す。
あの、知り合ったときのチャラチャラした雰囲気はどこにもなく、真剣だった。
「友達と誘われて、つい飲みすぎた俺は…あのときの彼女と、間違いを犯した…」
「間違い…」
「少しして、彼女が妊娠したとエコーの写真を見せられて記憶の怪しかった俺は…信じてしまった。だけど、それは彼女の嘘だった」
「嘘?」
「それは、彼女の友達のだったんだ」
「そんな…」
「次の、診察についていくと言ったら彼女は、流産したと言ったから、なおさら病院に行こうと言ったら、彼女は嘘だと白状した。どうかしてた…由梨に、すぐにやり直せないかと言いに行こうと思っていた。だけど、あんな酷い別れたかたをして、騙されてたから、よりを戻したいなんて都合が良すぎるよな…。だから、せめて医師になってからと、思ったんだ」

渉はそう、苦しそうに言った。
「彼女は、俺が医学部だと知って騙したんだ」
由梨ははっと渉を見た。

「由梨…俺は、ずっと由梨が好きだ…由梨が必要で側にいて欲しい。それで、いつか自分の病院を持ったら今日みたいに隣にいて。それが、今の夢だ」
渉はとても、真剣で…。懐かしさとかつてのいとおしさがこみ上げる。だけど…

「渉…。私はもう、付き合ってる人がいるの」
由梨はそう言った。

「そ、か。だよな…もう、2年経ってるのに、俺はアホか…」
渉は笑う。
「でも、さ。待っててもいいか?」
「え?」
「こんなことを言うのは、卑怯だけど…もし、別れたら」
一旦言葉を切る。
「もし、今の彼氏と別れたら…俺の事を思い出してくれないかな」
「渉…」
「…待つよ」
渉は立ち上がると、

「由梨と過ごした4年は…付き合ってることに、ひたすら甘えて、お金がないとか忙しいからって由梨の事をどこにも連れていってあげられなかった。俺はもう、大人だし、4月からは一人前、とはいかないけど研修医は終わる。由梨といた時、俺はとても安らいで、心地よかった」

渉はとても悲しそうで、切なくて…。そして大人になっていた。こんな渉があんな写真を撮ったり送ってきたりはしない…。
「写真…あれは…渉じゃ、ないのね?」
「え?写真?」

「ううん。なんでもない」
「話せて、良かった。怒らずに聞いてくれて、ありがとう由梨」
「うん…」
「俺って、本当にアホだよな…。好きな女に言い訳ばっかり」
「ふふっ、ほんとだ」

笑える自分に由梨は驚く。
ひさしぶりに見た渉の笑顔に由梨も笑みを向ける。
「ありがとう、渉…。私も…ごめんね…あのときは私も少しも余裕がなくて…」
「それは、そうだろ」
「自分から連絡もしないくせに、いつも、渉の都合に合わせてる、そんな気になってた…」
「うん。だからさ、今度こそはやり直せると、そう思わないかな…ってさ。病院に由梨が居なくなって、慌てた…。俺のせいかと思って」

「お礼奉公、終わったし…。ターミネーターは怖いし」
ターミネーターこと、峰田(みねた) 湖都音(ことね)は由梨の勤めていた新館4階の師長だ。いつの間にか、イメージと名前をもじって影ではそう呼ばれている。
「あー、ターミネーターほんとに怖いよな。うん、俺も何回も怒られてる」

「そうだね、研修医の先生たちはみんな怒られてるね」
クスクスと由梨は笑った。

「あれ、なんか楽しそうだね、花村さん。と、白石先生?」
夏菜子たちが帰って来た。
「あ…」
「もしかして…昔、付き合ってた?」
結愛に言われて、ドキッとした
「はぁん、図星だ」
「花村ちゃんは、イケメンと縁がありますなぁ~」

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