(A) of Hearts

なんなの?
どうしてこんなことまでするの?
ここまでしなくても整理したのに。100と言ってくれた芦沢さんに、ちぃと呼んでくれたヒロに、きちんとそう伝えたのに。

耐え切れず涙が出てしまった。
それなのに客席からは割れんばかりの拍手と、それに口笛。


「行こう」


わたしの腰に手を添えて歩き出す前田さんに引き連れられ、絡まりそうな足を前へ動かせた。涙とわけのわからない感情で、こんなときなのにヘンな笑いが込み上げてきてしまう。笑いたくなんてないのに顔が緩んでしまう。

もうやだ。
やだよ。

笑顔で手を叩くアヤさんの隣で固まったように動かない芦沢さんは、じっとわたしを見ていた。

その視線から逃れるようにアヤさんへ目を向ける。キラキラと眩しく素敵な笑顔。涙でわけのわからないことになっているわたしなんかとは雲泥の差。月とスッポン。

手に持っているブーケをギュッと握り、それから息を吐き出していく。

とりあえず。
とにかく落ち着こう。


「——お幸せに」


指がアヤさんの手に触れ、わたしの手からブーケが離れると途端に居場所がなくなってしまった気がする。

前田さんはアヤさんに握手をし、それから芦沢さんへ手を伸ばした。息を吐き出し眉間に深い皺を寄せた芦沢さんは前田さんの手を取ったあと、ほんの少し引き寄せた。それに応えるように腰を屈めた前田さんは芦沢さんの口許へ耳を近づける。

"大袈裟だ。恥ずかしいだろ"

きっといま、そう言った。
そして芦沢さんはアヤさんの肩を抱き、空いたほうの手を軽く上げ湧き起こる拍手に応え、こちらに向かって小さく頭を下げた。それからわたしを見て、ほんの少しだけ目を細めてから"似合ってる"と。

声は周囲の音に掻き消され聞こえなかったけれど。たしかにそう言って、それから柔らかく口を結ぶ。

大観衆に祝福されている芦沢さんとアヤさん。わたしひとり上手く立ち回れていない。そんな気分になってしまう。しっかりしなきゃ。

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