テンポラリーラブ物語
 この日、氷室が箱を落としたときも、実際のところ腹が立ってわざと落としたんじゃないだろうかとびくびくしていた。

 すぐに中身を拾いにいって、不意に氷室と手が触れても、なゆみは中身を箱に戻すことで精一杯だった。

 落ち着いていたどころではなく、早くことを終わらせたかっただけだった。

 指が長いことでピアノを習っているのかと聞かれても、明るく笑うことで氷室の不機嫌さを少しでも和らげたい気持ちが先走っていた。

 氷室の前では身がこわばる。

 そしてミナ、紀子、専務が現れたときはほっとした。

 待ってましたとばかりについ力が入って、元気に挨拶をしてしまった。

 氷室となゆみのお互いの感じ方は正反対で、そこに大きなズレが生じていた。

 氷室は名前にも氷がつくように、なゆみにはどうしても冷たいイメージで固定してしまっている。

 だからこそ、自分のイメージに縛り付けられてたまるかという反抗する気持ちが高まって、益々笑顔になっていく。

 スカートの制服が似合わないと言われても、すぐに受け入れて笑い飛ばしたのも、氷室と仲良くやっていくには自分が柔軟になればいいと一人で解決策を考えていた。

 それもあるので、氷室のこともミナや紀子が話した噂どおりの人とは鵜呑みにしたくなかった。

 きっとどこかでうまくやっていける。

 そう信じていた。

 そんなことを熱くジンジャと坂井の前で語っている自分がいることに気が付くと恥ずかしくなってしまう。

 我に返って、はっとした。

「ごめん、つい力が入ってしまった。ご静聴ありがとうございました」

「お前は、変な奴だよな」

 例えそれがネガティブな意味であっても、ジンジャに言われることで、褒められているように聞こえてなゆみは満面の笑みをみせていた。

「さあ、そろそろクラス行くぞ」

 坂井の一言でなゆみとジンジャは立ち上がった。

 この時、いつも通りの楽しいクラスになるんだと、なゆみは思っていた。
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