テンポラリーラブ物語
 土曜日の閉店時間は夕方の5時までとなっている。

 いつもより二時間早めに終わる。

 この日は、アフターファイブを利用してなゆみの歓迎会を含めた飲み会が用意されている。

 朝のあのようなことがあった後、氷室はどんな顔して歓迎会に参加しろというのだろうか。

 いい年超えたおっさんが、こみ上げる自分の恥ずかしさで、気が重くなっていった。

 氷室は確かに憎まれ口が似合う冷たい男で有名ではあるが、人に嫌われる事を喜んでやっている訳ではない。

 立ち直れない思いで、自分の人格を無意識に否定していただけだった。

 過去の栄光を封印し、自分の野心も捨てていたのに、なゆみを見てからはずっと忘れていたものを呼び起こされ、氷室は苦しいほどに葛藤する。

 そこには、情熱を再び持つことで、またどこかで傷つく挫折に怯えていた。

 真っ白なほどに輝き、真っ直ぐに進むなゆみ。

 それが氷室の心に入り込もうとしているが、ずっと心を支配していた捻くれは容易く真っ直ぐになれなかった。

 なゆみが気になれば気になるほど、その気持ちを悟られることを隠す方へと向かう。

 情けないと頭をうな垂れ、魂が抜けるほどのため息が漏れた。


 一方でなゆみは、その間にも氷室から極力遠ざかる。

 側にいれば聞きたくないことを耳にする恐怖。

 上司なので逆らえない圧迫感。

 ひんやりとするような冷たい態度。

 どれも苦手だった。

 後先のことも考えず、すぐ突っ走るなゆみは、冷静に一歩引いて物事を見る氷室の大人な対応には敬意を表すが、それが見下すような棘のある言い方には傷ついてしまう。

 しかしそういう人間に出会うということは、試練として必要なのかもしれないと前向きに捉えている部分もあった。

 だが、自らそこへ進んで飛び込んでいけるほど、なゆみはそんなにタフでもなかった。

 氷室が近づくと、なゆみは自分を守りたいがために気配を消そうとして無意識に息が止まった。
 
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