テンポラリーラブ物語
 氷室とのやり取りで気分が滅入っていたなゆみはその気持ちを引きずりながら仕事をするも、そういうときに限って無茶なことを言う、変な客に当たってしまった。

 見かけからして、いい客じゃななく、禿頭で太い眉毛と鋭い目つきを持った強面のおじさんが、横柄な態度で、怒鳴り声を上げた。

「ねぇちゃん! この間買ったこの商品券な、駅前のデパートで使うことできないって言われたで。あんたやろ、どこでも使えるって言ったのは」

 なゆみは困ってしまった。

 こんなに特徴のある客の顔でさえも、売った事も、そんな説明をしたことも何も覚えてない。

 その怪しげな風貌のせいで、因縁をつけられているようにも思え、まだ入って三日目ということもあり、本当に自分が売ったのだろうかという疑念も抱いた。

「あの、いつご購入されましたか」

 自分じゃないかもしれない責任回避が働き、それを確かめる質問が先にでてしまった。

 それが客を責めている生意気な態度に思われ、客の怒りに益々油を注いだ。

「自分が売ったのも忘れてるのか。俺はしっかり覚えてるで、髪の短い女はあんたしかここにはいないからな」

 その言葉でなゆみは失敗したと思った。

 客は自分の特徴をしっかり覚えていた。

 それならばやはり自分が間違ったのだろう。

 慣れてないだけに勘違いして使えると言って売ってしまったのだ。

 どうしよう……

「おい、ねぇちゃん、どうしてくれる? そんないい加減な商売していいのか」

 その客は、苛立って持っていた商品券をショーケースに叩きつけた。

 なゆみは感情をまともにぶつけられて、震えあがる。

 すると、少し下がりなさいと優しく誘導するように、なゆみの両肩に手を置いたものがいた。

 なゆみが振り返り見上げた時、そこには氷室が立っていた。
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