テンポラリーラブ物語

「お客様、大変失礼しました。それではその購入された商品はどちらでお使いになられようとされましたか」

 氷室は丁寧に腰を少し屈め、自分の大きな体を小さく見せようとしてることで、礼儀をわきまえている態度を見せていた。

 客は氷室を前にして少し落ち着きを払い、デパートの名前を告げた。

「でしたらこちらと交換させて頂きますね。こちらでしたら、ちゃんとそのデパートで使えます。それとよろしければこれサービスでお付けします。その店の特別割引券のクーポンですので、さらに安くお買い求めできると思います。大変すみませんでした。まだ慣れない新人ですのでどうか許してやって下さい」

「まあ、そういうことやったら仕方ないな。まあこれから気をつけや、ねぇちゃん」

 客の気持ちが収まるも、なゆみは呆然としていた。

 氷室は優しくなゆみの背中に触れながら、自らの頭を丁寧に下げた。

 なゆみははっとして、慌ててペコリと頭を下げた。

 うるさい客は機嫌よく去っていき、そして氷室も何も言わず自分のデスクに戻った。

 暫く放心状態で、なゆみは突っ立ったままだった。

 しかし我に返った時、慌てるように氷室の元へ行った。

「氷室さん、先ほどは申し訳ございませんでした。そして助けて頂いてありがとうございます」

 深々と頭を下げるなゆみの顔も見ず、氷室は手元を休めることなく淡々とデーターを打ち込んでいた。

 コンピューター画面を見ながら、静かに言った。

「あの人は何かといちゃもんを付けてくるんだ。それにこういう失敗はよくあることだ。だけど一度間違えれば、それに懲りて二度と失敗することないだろ。これからはきっちりと確かめる癖がつく。勉強になっただろ」

「はい」

 なゆみはしょぼんとした声で返事をすると、氷室は顔を上げた。

「もういい、気にするな。それ以上失敗にくよくよして次またミスされたら困るからな。さあ、俺の仕事の邪魔してる暇があったらさっさと働け」

「は、はい。すみません」

 なゆみは再びショーケースの前に立つ。

 一通りを見ていたミナと紀子が、慰めるように近づいて気遣っていた。

 なゆみは少し涙目になりながらも、一生懸命笑おうとしていた。

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