テンポラリーラブ物語
 氷室もまたジンジャの存在に気がつき、その隣にいる女性も当然どういう事態か理解していた。

 朝、なゆみに言った言葉の罪悪感が蘇るとすぐさま、いてもたってもいられなくなった。

 なゆみはジンジャが曲がった通路の角で暫く立ち止まり、二人の後姿をどんよりと見ている。

 ジンジャは笑ってユカリと話をし、楽しそうな二人の歩く姿は恋人達と認めざるを得ない。

 ミナに「早く」と急かされ、躊躇しながら無理やり足を一歩動かし、涙を堪えて歩き出した。

 なゆみはとぼとぼと一番最後を一人で歩いていたが、気がつくと氷室が隣に来てなゆみと歩調を合わせていた。

「どうした。腹でも痛いのか」

 理由はもちろん分かっていたが、氷室はこのとき体の調子を気遣う言葉を静かに語る。

「いえ、何でもありません」

 なゆみは何も話したくないと早足になり、氷室を避けようとする。

 また変なことを言われて、これ以上のダメージを受けたくなかった。

 氷室は避けられることも辛いが、それ以上になゆみの姿が痛々しく思えて、心配のあまりなゆみの肩に労わるように手を置いてしまった。

「そんなに無理するな」

「えっ?」

 なゆみは突然氷室に触れられ驚くと同時に、氷室の顔を見上げた。

 氷室は慌てて手をなゆみの肩から離すと、誤魔化すようにまた憎まれ口を叩いてしまった。

「いや、だから、お前は一人で持ち込み過ぎだ。そのバッグのようにな。もう少しお洒落できないのか。持ち物も色気ないし、子供っぽいキティちゃんまで付けてさ」

「ほっといて下さい」

 やっぱり聞きたくないことを言われてしまったとなゆみはぷいっと横を向く。

「あーあ、本当のこと言われたらそりゃ耳が痛いよな。でもさ、なんか放って置けなかったんだよ。だからつまり、辛いときは我慢せずに泣いてもいいってことだ」

 氷室は言うだけ言うと、すたすたとなゆみを置いて先に行ってしまった。

 なゆみはまた訳がわからないと困惑する。

 氷室が全てを理解した上で言った言葉と知る由もなかったが、ふと氷室が気遣って肩を触れたときの瞳が優しかったように思えた。

 なゆみは前を歩く氷室の後姿を首を傾げて見ていた。

 その時見た背中に、助けてくれた時の頼もしさを思い出し、氷室の二面性で嫌っていいのか好いていいのか、わからなかった。

 だけども、氷室の肩幅の広いその背中は、全てを物語る真実のようにも思え、なゆみは小走りになってつい追いかけ、じっと見つめていた。
 
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