テンポラリーラブ物語
「いえ、そんなこともういいです。やっぱり氷室さんは正しい。私ほんとに子供で、ただ恋に恋してただけだったのかも。お酒をやけくそで飲んだのも、悲劇の ヒロインになりたかっただけなのかもしれない」

「もうよせ、どんな理由があるにしろ、それも人生の一部。悲劇のヒロインであろうが、喜劇の道化師であろうが、要は思いっきり心のままに行動したくなる時があるってことさ。お前はまだ二十歳だろ。なんでもできるし、なんでもありさ」

「氷室さん…… 私、氷室さんのこと誤解してました。すごい冷血漢だと思ってたし、それに私の中では一番苦手なタイプと思ってました。だけどそれは私以上の人生を経験されてるから、物事に冷静になれるんですね」

「そっか、苦手なタイプか」

 氷室はふっと笑ってしまった。

「いえ、今はその」

「いいよ、無理しなくて。その誤解は誤解じゃない。俺はほんとにただの冷血漢さ」

「でも困ったとき、助けてくれた。お客さんに怒られたときも、そして今だって」

「仕方ないじゃないか、俺はお前の上司だ。義務だよ義務」

 本当にそれだけだろうか。

 氷室は自問する。

「氷室さんはどうしてあのお店で働いているんですか」

「なんだよ急に」

「だって、氷室さんはもっと上を目指せるっていうのか、あっ、あの仕事が悪いっていってるんじゃないんです。貴賤するつもりはありません。その、なんていうのか、氷室さんにはあまり合ってないって思ったから」

「合ってない?」

「ごめんなさい。生意気なこと言って。でもいつも寂しげな瞳でコンピューター画面を見てるから、他にやりたいことあるのかもって勝手に思ってしまいました」

「いつ俺のこと見てたんだよ」

「いえ、そのまたなんか言われるかとビクビクしてその……」

「まあいい。でも一回り下の子にそんなこと言われるとは、思わなかったよ」

「えっ、氷室さん32歳なんですか」

「ああ、君の目から見たらおっさんだ」

「いえ、すごく若く見えます。てっきり20代後半くらいかと」

「今更お世辞かい?」

「そ、そんな」

 氷室がまた不機嫌になったように思え、なゆみは気まずくなり黙り込む。

 白っとした空気が流れたようで、体感温度までもが下がったように思えた。

 なゆみも体が急激に冷え出し、急にぶるっと身震いしていた。
< 68 / 239 >

この作品をシェア

pagetop