テンポラリーラブ物語
10
「どうした、なんか寒そうだな。酔いが覚めてきたんだろう。アルコールが抜けるときはそんな感じだ」

「今日は本当にすみませんでした」

「いいよ。何度も謝るな。間違いを犯して学ぶこともある」

「氷室さんも失敗したことなんてあるんですか?」

「えっ?」

「だって、いつも冷静で、物事をしっかり見てるし、そして自分を見失わないで落ち着いている。なんだか完璧に思えて」

 氷室は自分の話を振られて居心地悪く、呆れ顔になっていた。

「そこまで勘違いされると、苦笑いになる。俺はもうすでに自分を見失ってるよ。物事をしっかり見てる? ただ冷めて馬鹿にしてるだけさ。そして人生も失敗だらけさ」

「氷室さんって自己評価低いんですね。そんなこと全然ないのに。どこか逃げるための口実作ってダメだって思い込もうとしてるみたい」

 それは氷室の逆鱗に触れる言葉だった。

 本当のことをずけずけと言われる程、耳が痛い事はなかった。

 自分がいつもしていることながら、それ以上気安く言われるのが我慢ならなくなり、ついムキになって突っかかってしまった。

「もういい、黙れ。それとも俺がその口を塞いでやろうか」

 自棄になった氷室は、虚勢を張らないと気が済まなくなり、突然腰を上げ、突進するようになゆみの肩を掴んでベッドに押し倒した。

 あまりにも突然の事に驚きすぎて、なゆみは何が起こっているのかわからないくらいだった。

 氷室の顔がまじかに迫り、なゆみに暗い影を落とした時、事の真相に気が付き恐ろしくなってしまった。

 しかし、それ以上何も起こらず、氷室は押し倒したなゆみをじっと見ているだけだった。

 その瞳の奥は虚ろで穴があいているようにも見え、氷室が抱え込む複雑な気持ちが見え隠れしている。

 本気で襲おうとしているのではないと悟ると、恐怖心が消え、心配する眼差しを向けた。

「ひ…… むろ…… さん?」

 全く抵抗しない力の抜けたなゆみの体に気が付くと、強く抑えていた手の力が弱まり、氷室は体を起こして背中を向けた。

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