嘘つきには甘い言葉を
1103と書かれた金色のプレートのかかったらドアを激しく叩いた後、チャイムがあるのに気づいて連打すると「うっせーなっ」という声と共に扉が開いた。

私の視線ではTシャツしか見えない男を無視して部屋の奥に向かう。
煌びやかな夜景の前のダブルベッドでは、和香がワンピースのまま寝息を立てていた。

もう、和香なにやってんのよ。
龍くん以外の男と二人きりで寝てるなんて。
駆け寄って叩き起こそうと思ったら、左肩を捕まれて後ろに引っ張られる。

「何無視してくれてんの?」
男の声を聞きながら、私は振り向きざまに思いっきり相手の頬を叩いた。

「酔っぱらってる女の子をこんなところに連れ込むなんて最低」
「はぁ? ふざけんな。ヤるつもりだったら部屋番号なんて教えねーだろ」

……それもそうか。
友達のことになるとつい先走っちゃうのが私の悪い癖なんだよね。
ここは素直に謝るか……。

目を吊り上げている人に頭を下げようとしたら、聞いたことのあるメロディが耳に届いた。

この曲、……月9ドラマの主題歌。

美紀や皆がイケメン主人公にキャーキャー騒いでるけど、三角関係が売りのドラマで、色々な事考えちゃって私は一回しか見れなかった。

「出ねーの?」
和香の頭元に目を向けて尋ねるこの人、
よく見るとドラマの主人公よりも整った顔してる。

なんて思ってる場合じゃない。
この曲が流れる度「龍ちゃんだー」ってはにかんでスマホをタップする和香を思い出す。

和香の彼氏は私の幼なじみ、焼きもち焼きな龍君だ。

電話出なきゃまずいよね。
着信音が止まってホッとしたら、今度は私の鞄から無機質な音が響いた。
恐る恐る取り出したスマホの画面には「龍君」

……まずい。
取りあえず出てから考えよう。

「もしもし」
「あ、桜。悪い、和香知らねぇ? さっきから連絡取れなくて」

そりゃそうだよね。
和香はこの状態なんだもん。

「えーっとね。知ってる。……あのね……」
どうしよう。言い訳、言い訳……。
と思ったら、突然スマホが宙を舞う。あっと思った瞬間にはスマホは男の人の手の中にあった。

返してよ、と目で訴えてジャンプするけど全く届かない。それもそのはず。目の前の男の人は180センチに届きそうな身長。彼は話を続けろとばかりに顎をしゃくった。

無視してたのは悪いと思うけど、あと殴ったのも悪いと思うけど、今それどころじゃないんだから。

ハンズフリーボタンが押されて、宙からは不安げな龍君の声が漏れた。

「何? ……何か俺に言えないこと?」
「違うっ」
思わず叫んだけど、余計に怪しいだけだ。
何とかしなくちゃ。何とか……。

「あのね、龍君には恥ずかしくて言えなかったんだけど、実は私、彼氏が出来たんだ。今日和香にその人を紹介してて、和香すごく喜んでくれて、ちょっと飲み過ぎちゃって。今、寝てる。だから起きたら連絡するように言うね」

我ながら上手い言い訳。
時間稼ぎが出来たと思ったのに、龍君真面目だもんね……。

「マジで! おめでとう。言ってくれよー。ってか和香何やってんだよ。邪魔しちゃ悪いし、迎えに行くわ。今桜ん家?」

う……またまずい展開になった。
電話の前で一人あたふたする私を見て、スマホを握った彼は笑いを噛み殺してる。

こっちは笑ってる場合じゃないんだから。

「だ、大丈夫だよ」
「大丈夫なわけないだろ! やっかいな友達がいるって彼氏に思われたらどーすんだよ! すぐ行くから」
龍君の声が重くて真剣になる。
……私の心配してくれてるんだ。

「えっと、ホテル、なんだ」
「ホテル!? 二人で泊まるつもりだったんだろ? 本当にごめんな。すぐ行くから‼」
驚きすぎて声が裏返った龍君は、部屋番号を聞いて慌てて電話を切った。

どうしてこんなことになっちゃったの?
ちょっとだけ、思ったんだ。
私に彼氏が出来たなんて聞いたら、龍君動揺するんじゃないかなって。

でも龍くんにとって私はやっぱりただの友達で、むしろ私の心配してくれてた。
私、本当に馬鹿だな……。

思わずうつむいて考え込んだ私に、つまらなさそうな声がかかる。あ、この人の事忘れてた……。
「ふーん。彼氏って、俺?」

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