嘘つきには甘い言葉を
「バイト頑張ってる?」
「普通」
「隼人さん、ちゃんと働けてるの?」
バイトを始めてからも隼人さんは帰りに私の家に寄って晩ごはんを食べていく。龍君が二人のバイト先はまかないも出してくれるって言ってた気がするんだけどな。

四人での飲み会から3週間が過ぎて、私たちは出会ってからひと月になった。半袖で十分だった日中も長袖が着たくなって、夜になると一枚羽織りたいくらいだ。このひと月で隼人さんに会わなかったのは確か3日。

余りにも自然体の彼を見ているとルームシェアでもしている気になるけれど、どんなに遅くなっても彼は必ず帰る。
家で待ってる人でもいるのかな。
でもそれならどうして毎日のようにここに来るのかな。

「気になるなら見に来いよ。心配する必要ないって思うから」
気怠くあくびをして答える彼は、肩ひじをつき寝転んで雑誌を捲ってる。狭い部屋では長い足の置き場に困って時々私を蹴っ飛ばす。

つけっ放しのテレビの音を打ち消すように、チャイムの音が鳴った。
宅急便かな。何か頼んでたっけ。
心当たりはないけれどとりあえず出ようかと立ち上がったら、身体を起こした隼人さんに「俺が出る」と制された。

この狭い部屋の中隠しようがないけど、お母さんだったらどうしよう。
一人暮らしの部屋に男連れ込んでるなんて知ったら大変だよね。

時計に目を向けると短い針は10と11の間。こんな遅くにお母さんって事はないか。でも宅急便って時間でもないよね。友達だったら電話かけてから来るよね。
そういえば携帯どこにやったっけ?

あれこれ考えているうちに隼人さんが開いた扉の向こうには……龍君。
「こんな時間に悪ぃな。……隼人、いたんだ。えーっと、誤解を生みそうだけど、そういうんじゃ、ないから。……ごめん。やっぱ帰るわ」

珍しく歯切れの悪い龍君を無表情で見下ろして、隼人さんは「入れよ」と促す。
気まずそうに足を踏み入れた龍くんは、何だか沈んだ顔をしてる。

こんな時間に私に会いに来るなんて、何かあったの?
前にも一度、龍君が夜に会いに来たことがあった。
一人暮らしを始めてしばらくした頃。あの時龍君はなんて言ったっけ。

「この前一緒にいたお前の友達、紹介してくれない?」そう言ったんだ。
電話で言えばいいのにって笑ったら「ごめん、なんか居ても立っても居られなくて」って照れた顔を見せた。出

会ってから初めて目にした、龍君の恋してる顔。
……きっと今日も和香の話だよね。隼人さんがいたら話しにくいことなの?
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