嘘つきには甘い言葉を
「聞いてんの? バレンタインまで後2週間なんだぜ? ちゃんと準備してんのかよ」
授業が終わって立ち上がったら、SIZEのメンバーに肩を掴まれた。

「ちゃんとやってるから、心配すんなよ」
本当はまだ何も手をつけてないけれど、俺はみえみえの嘘をつく。
会場さえ押さえておけばなんとかなるだろう。

「お前なぁ、クリスマスイベントが終わってから変だぜ? 気が抜けてんのか知らねーけど、今回はTVの取材も来るんだぞ。SIZEの知名度を上げるチャンスじゃねーか」

うるせーな、解ってるよ。

「バイトだから、帰るわ」
呟いた俺に、ミノルはイライラした声を上げた。

「バイトって……彼女に気に入られるために始めたバイトいつまで続けてんだよ。振られたくせに。それよりちゃんとSIZEのこと考え……」
「うるせーよ‼」

思わず舌打ちして早足で歩き出す。
俺と同時期にSIZEに加入したミノルはサークルへの思い入れが強い。あいつの気持ちはわかるけれど今は乗り気になれない自分がいた。



「はよざいまーす」
着替えて店に出ると、「よぉ」と龍ノ介に声を掛けられた。
「おう」素っ気ない返事をしてすれ違う。自分でもどうしてバイトを続けているのはわからない。クリスマスイベントから数日後、俺は「桜と別れた」と龍ノ介に告げた。

目が飛び出そうなぐらい驚いた龍は、バイト中だということも忘れて「お前桜のこと大事にするって約束したじゃねーか!」と胸ぐらを掴んできたけれど、「振られたんだよ」と言った俺にそれ以上何も言わなかった。

それからも普通に接してくる龍に対して、明らかに避けた態度をとっているのは俺の方だ。龍の顔を見ていると何かいらついてくる……。

「おい、にーちゃんビール‼」
野太い声に振り返る。狭そうに奥の個室に座っている6人組の男たちの一人が空のジョッキを高々と上げた。

「すぐにお持ちいたします」
「はよしてやー。俺ら時間ないからな。新幹線の最終乗り遅れたら明日の仕事間に合わんからなぁ」
下品な笑い声を上げて捲し立てる。

相当酔っぱらっているらしい。こういう客は要注意だな。
< 45 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop