嘘つきには甘い言葉を
出会いの前の出会い
「ままま、待って……」
緊張しながら訪れた隼人さんの2LDKの部屋。オートロックのマンションは私のところより数倍高級だってことが一目でわかった。廊下がふかふかだし。
鍵をかざさないとエレベーターは階数ボタンが押せなかったし。

14階でエレベーターを降りたら右手に宝石をちりばめたみたいな夜景。あまりにも綺麗で、高揚した気分でドアをくぐったけど……。
一番に案内するところがベッドルームって……ないでしょっ。

「待てない」
きっぱりと言い切って、私の背中はベッドに受け止められる。
靴を脱いで3秒ですけど……。いつも通り自信に溢れた笑顔で隼人さんが詰め寄ってくる。

やっぱり無理無理無理‼
「お願い。心の準備がぁ……」
「ぷ」

唇がもう少しで触れると思った瞬間、隼人さんが噴き出した。
「ホントお前って、可愛いよな」

可愛い!?
誰が!?
……でも一応中断されたみたい。

嫌とかじゃないんだけど、でもやっぱり初めてだし、怖いし……。この年で怖いとか思ってるのも情けないというか恥ずかしいというか、まぁ隼人さんは私が初めてだって知ってるんだから気にしなくてもいいのかもしれないけど……でも。

「何ぶつぶつ言ってんの? 腹減ったー」
ベッドから勢いよく手を引かれてリビングに連れて行かれる。
使った形跡の全くない台所には高級そうな調理器具が揃っていて、思わず私は目を輝かせた。

「なにこれ。すっごく切れる‼ 鳥の皮がこんなにスパッと切れるなんてありえないよ。 うそー、楽しい!」
隼人さんのリクエストに応えて今日は親子丼。初めて隼人さが家に来た時と同じメニュー。

時短料理だしワインには会わないよって言ったのに「あの日からずっと、俺はお前の事だけ想ってたから」なんて甘い言葉がついてきて何も言えなくなった。

出会いは最悪だったし、私は隼人さんに好かれるようなことは何もしてないと思う。それなのにどうして私の事好きになってくれたのかな。

それだけはいまだにわからない。
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