勘違いも捨てたもんじゃない
ずっと抱きしめられていた。………熱い。耳も脈打っているのが解る程…一気に熱い血が身体を駆け巡る。
「嘘でも何でもなく昨日まで…、本当に昨日までは、結婚とか、ちゃんと人を好きになってつき合うとか、無くていいと思っていました。本当に。それが今日です。たった一度、日常とちょっと違った行動をしたお陰で、貴女に会えた。ラッキーとしか言いようがない出会いです…あ、これって…軽いかな…運命みたいなもの、感じさせようとしてる訳じゃないけど」
「武蔵さん…」
私も。ラッキーとしか言いようの無いハプニングだった…。運命だって思いたいくらい。
「あ、…ちょっと待って…電話です。はぁ…社長からです」
あ、…もう?
身体を離すと運転席に座り直した。立てた携帯画面には、浩雅という表記…。
「はい、武蔵です…」
もう、時間になってしまったということだろうか。…だとしたら、早くないですか?
どうやら武蔵さんの顔を見ていると嬉しくない連絡のようだ。
「それで、若は…」
…若?…若って社長の事?あ、終わったみたい。
「すみません。…はぁ。直ぐ行かなければいけなくなりました。あと30分もすれば終わると…」
どうやら融通が利いたということだ。あ゙ー…早過ぎるだろ。自由にしている俺の移動時間や、待たなくてもいいようにする為の、いつもの早目の連絡だが…。
「解りました。はい…大丈夫です」
「ごめん、…まだ部屋からそんなに離れてないから送ります」
「大丈夫なんですか?」
「…何も問題ありません」
あるとするなら、俺のこの、何とも遣る瀬ない気持ちだ…。はぁ。来た道を戻るだけになった。シートベルトをしてエンジンをかけ発進した。交差点でUターンした。
はぁ、なんて早く終わってしまうんだ。
「もう、着いてしまった…」
マンションの前だ。
「…あの、若って…社長さんの事?」
シートベルトを外した。
「ん?ああ、そうです」
…。
「かなり長文になりそうですけど、メールしますね」
「え?」
「…あまり話す事もできなかったから」
ドアを開けようと手をレバーに掛けた。
「おやすみなさい、運転、気をつけてくださいね」
「ん、有難う…じゃあ」
「……じゃあ」
降りようと身体をずらしている前に腕を伸ばし、レバーに掛けた手ごと引き寄せた。左手はもう後頭部を掴んでいた。シートに右手を付き、口づけた。
カツン…。
「ん…ごめん…早まった。…シートベルトに邪魔された」
カチッと外しながらもう一度唇に触れ直した。
「ん………ごめん…許可無くこんな襲うような事…本当はまだ帰したくないのに、そう思ったら、ごめん。…はぁ、…おやすみ。メール、待ってる」
「……おやすみなさい…」
降りてマンションに入る迄居てくれた。
軽く手をあげて車は遠ざかって行った。
はぁ…。あぁ…。急いで乗ってと言われ乗り込んだ真っ黒な車。武蔵さん…。心臓が…バクバクしてる。唇に触れてみた。はぁ私…もうキスしちゃった。…あんな格好いい人と。ドキドキが止まらない。…何が何だか…。あっという間の出来事だった。
…若、なんて。…。思い過ごしよね。