勘違いも捨てたもんじゃない

はぁ、どうしよう。結局、行かなければいけなくなったのよね。断るというよりも、もっと違う、私を信じられないのかな、というように、試された気がした。ただご飯だけだと言っているのだから問題無いだろうって。その部分に気を取られた。それに聞きたい事はあった。いきなり電話をかけてきた。何故、私がここに勤めている事が解ったのだろう。手段はあるとは思うけど。
ご飯なんて、私が、…名刺を貰ったままずっと何も連絡をしなかったから、だから、向こうから連絡して来たのだろうか。焦れた、という事だろうか。…自惚れが過ぎるかな。車は誰が運転してくるのだろう。社長さん専属の運転手さんが居るのだろうか。それとも社長直々?もしくは…武蔵さん?
武蔵さんに聞いてみれば解る事かも知れない。
仕事では無い、これはプライベートだから、今日、社長が私に連絡を取った事も、もしかしたら、武蔵さんは何も知らない事かも知れない。
…もしかしたらじゃなくて知らないと思う。

【社長さんからご飯に誘われました。会社に7時に迎えに来る事になりました】

一応メールしておこう。7時から数時間は部屋に居ない事になるから。私はいつだって居ると言ってあるのだから。


仕事が終わる迄、武蔵さんからのメールも電話も無かった。一緒に居る人が社長なんだから、傍に居れば難しいのかも知れない。知ってどう思っただろう。妬いて欲しいとか気をひきたいとかではない。決して送ったメールの内容で無視されたとは思いたくない。

はぁ。この建物から出たら、社長さんが居るのよね…。約束してしまったものは今更、逃げる訳にはいかない。…よし。行ってみよう。ご飯だけだ。そういうお誘いだ。

会社の玄関を出て、左の先を見た。先というのはそういう意味だと思ったからだ。
直ぐ解った。遮る物はない…停まっていた。きっちり一区画先だ。…黒い車。それにもたれるように、ダークな色のスリーピースを着た男性が居た。佇まい…社長、…安住さんだ、間違いない。髪の毛は黒くなっていた。携帯灰皿を手に煙草に火をつけ吸い始めていた。……なんだか渋い、絵になる立ち姿の…紳士…。

…ゴク。あー…少しずつ近づいて来る。当たり前か、私が歩み寄っているのだから。駆け寄った方がいい?声を掛けようか、もっと近くなってからにしようか、はぁ、どう対処したら…何だかドキドキする。もしかしたら、あのもたれているドアの中、運転席に人が居て、それが武蔵さんかも知れない。何だか、髪の色のせい?受ける印象が違う。…何だろうか、この感じ。……ザワザワする。

「あの…、安住さん?お待たせしました」

こっちを見た。ぁ…ゾクッとした、…何かが身体を走り抜けた気がした。
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