ホテル王と偽りマリアージュ
「俺の身勝手で、椿を酷い目に遭わせてるっていうのに。後ろめたさから逃れて、幸せな錯覚起こしてたなんて。俺、マジ最低だな」


自分を責め詰りながら、一哉は私に背を向けたまま、もう一度大きく息を吐いた。
そして脱ぎ掛けていたシャツのボタンを嵌め直し、さっきまで私が持っていた上着をそっと拾い上げる。


「一哉……?」


目を上げ、そっと名前を呼ぶ私の前で、一哉は大きく腕を伸ばして上着を羽織った。
そのまま大股でドア口に歩いていく。


「どこ行くの?」


ドアに手を掛けた一哉の背中に、思わずそう問い掛けていた。
足を止めた彼が、私に背を向けたままで肩を竦める。


「しばらく椿から離れて、頭冷やす」

「え?」

「錯覚起こしてるなら、ちゃんと切り替えないと」


早口にそう言い捨てて、彼は寝室から出て行く。
私は急いでベッドから降り、その背を追って寝室から飛び出した。


「一哉!」


呼び止めた時、彼はリビングを出て行こうとしていた。
そこで、私の声に再び足を止める。


「……なにが目的でこんな契約を椿に突き付けたか。言い出した俺がちゃんと見直さないと」


どこか困惑の色が滲む静かな声にドキッとして、私はその場で立ち尽くした。
一哉はそれだけ言い残し、一度も私を振り返らないまま、家から出て行ってしまった。
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