ホテル王と偽りマリアージュ
はだけたシャツの袷からアンダーシャツを覗かせる一哉の胸元から目を背け、一度肩を動かして呼吸を整える。
無意識に手の甲で唇を拭った。
そんな私に、彼が黙って目を向けているのがわかる。


「私も一哉も、お互いの物じゃない。なのに嫉妬とか、おかしいよ。そんなの……恋してるみたいじゃない」


私の耳の近くで、一哉が小さく息を飲む気配を感じた。
私はただ俯いて、出来るだけトーンを抑えて低い声で続ける。


「嫉妬も独占欲も、キスも。全部契約違反。私と一哉の間で、恋愛は契約外だよ」


はっきり言い切った私の声が、寝室の空気を引き裂くような余韻を残していた。
私は一哉を自分の視界に入れないように顔を背け、彼は凍り付いたように身じろぎもしない。


そうして気まずい沈黙がどのくらい続いた後か、一哉が深い溜め息をつくのが聞こえた。
そこに、『ごめん』と短い謝罪が続く。


「そうだったね。椿の言う通り。こういう行為は、契約外だ。……周りを騙すつもりが、俺が一番騙されてたのかもしれない」


一哉の静かな声と同時に、ベッドが軋む音がした。
目線を落としたまま首を動かし、彼の方に顔を向ける。
一哉は床に足を下ろし、ゆっくり立ち上がった。
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