ホテル王と偽りマリアージュ
なのに彼は、特に表情も変えずに、更に言葉を畳み掛けてきた。


『ビジネスの世界で、間違えましたすみません、は通用しない。君には想像もつかないかもしれないけど、たかだか数ヵ月の延期で、どれだけの損失が発生すると思う?』


本当に想像もつかない数字を米ドル額で言われ、経理部所属とは言え、即座に円貨換算出来なかった。
焦りで頭の中が真っ白になる私に、彼は胸の前で腕組みをして、大きく足を組み替えながら一言続けた。


『というわけで、損害賠償させてもらおうと思ったけど。そう呆けられるとちょっと可哀想かな。そうだな……どっちがいい?』


崖っ淵から背中を押され、押したその手で腕を掴んでもらい宙ぶらりんの気分になっていた私に、彼は選択肢を与えた。


『俺、別に相手は誰でもよかったんだよね。結婚は社長就任の条件ってだけで、それをクリア出来ればいいだけだから。どう? 君が俺の妻になることを承諾するなら、ホテルのオープンも延期にしなくて済むし、損失云々の話も消える』


ただ相手を間違えて声を掛けてしまっただけ。
しかも、間違えたのはお互い様だったはず。


彼の言葉は誰が聞いても明らかに脅しでしかなかったと、冷静になって考えたらそう思う。
でもその時の私は、彼が続けた条件をとても慈悲深いと思うほど、思考回路が崩壊していた。
< 11 / 233 >

この作品をシェア

pagetop