ホテル王と偽りマリアージュ
一哉の実家での夕食を終えて、豪華な黒塗りリムジンでマンションまで送ってもらった。
ゆっくりお風呂に入った後、この間一哉が電話をくれた時間を待って、思い切って携帯を手に取る。


あの時間、彼は通勤途中だったはず。
たとえ繋がっても話せる時間は短いだろう。
でもそれでいい。
一言、一哉に気持ちを伝えられれば、今はそれでいい。


午後十時半。
私はベッドの上にペタンと座り、携帯に一哉の電話番号を表示させた。
指でタップするだけで、私が発信した電波はニューヨークに飛ぶ。


聞こえてくる呼び出し音を、何回待てばいいだろう。
どれだけ待っても出てくれないかもしれないし、そもそも出られる状況ではないかもしれない。
でも、大事なことだから、メールなんかじゃ伝えられない。


『……もしもし?』


十回のコールを待った後、どこか憚るような低い声で応答があった。
久しぶりに聞く一哉の声に、心臓がドクンと一際大きな音を立てる。


『椿?』


呼び掛けようとした声が、喉に引っ掛かって出てこない。
自分からかけておいて沈黙する私に、一哉が訝しそうな声で呼び掛けてきた。


「ご、ごめん」


一度ゴクッと唾を飲んでから、慌てて言葉を口にする。
『いや』と短い返事が返ってきた。
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