ホテル王と偽りマリアージュ
声をひそめる一哉の背後で、車のクラクションが遠く聞こえる。
それでもざわついた気配はなく、もしかしたら車の中にいるのかと思った。


「仕事、行く途中だよね。すぐ終わらせるから」

『仕事、って。……俺が今ニューヨークにいること、知ってた?』

「今日、一哉のご両親に夕食に誘われて」

『ああ……』


私と一緒に、と誘われていたことを思い出したのか、一哉は声を尻すぼみにした。


『ごめん』と、私と一哉の声が重なった。
更に、お互いの聞き返す声も被る。
先を譲るように黙ると、一哉の声が私の耳に届いた。


『椿のこと、ほったらかしにして。連絡もしないで、ごめん』

「……」

『正直……混乱中に更に混乱お見舞いされて、結構参ってた』


溜め息混じりの声だけでも、一哉が本当に惑っていることが伝わってくる。


「私も、ごめん」


湧き上がってくる緊張を抑えるように、一度大きく息を吸ってからゆっくりそう呟いた。
今度は一哉の方が私を促すように黙り込む。


「要さんに気付かれたこと、ちゃんと私の口から言わなきゃいけなかったのに」

『それは……椿が悪いわけじゃないから』


そう言ってくれても、一哉の声にはやっぱりどこか不機嫌が混じる。
更に低く聞こえにくくなる声に手を伸ばすように、私は無意識に背筋を伸ばしていた。
< 138 / 233 >

この作品をシェア

pagetop