ホテル王と偽りマリアージュ
静かに穏やかに呟かれ、掴まれたままの両手が震えた。
なにも言えずに俯き肩を震わせる私に、一哉が更に言葉を続ける。


「要をあんな形で煽ったのも、椿を泣かせてるのも、全部俺。なにもかも、俺が卑怯な男だから」


そんな言葉を呟きながら、一哉は私の手をそっと離し、頭の上にポンと置いた。


「……この間要に言われた通り、俺、今まで仕事以外のことはどうでもよかった。女も……要の遊びとはまた違う意味で、ぞんざいな扱いしてたのは自覚してる。仕事の役に立つか立たないか……俺の意識は、それだけだったから」


淡々と私に告げながら、一哉は頭の上の手をゆっくり下に下ろしてきた。
その手が私の頬に触れ、そのまま止まる。
親指だけがスライドして、私の頬を伝う涙を指先で掬ってくれた。


「要が本気になりさえすれば、俺よりも椿を大事にしてやれる。俺はそう思ってたから、椿が要に揺れるならその方が幸せなんじゃないかと思った。……でも」


段々と小さくなっていく声をそこで切って、一哉が大きな息を吐いた。
そして、目線だけで彼を見上げる私から、顔を隠すように背ける。


「思い出したくないのに、頭の中に浮かんできて苦しいんだ。要が君にキスしたあの光景が」


それまで淡々としていた一哉の声に、感情が籠って小さく震えたのがわかった。
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