ホテル王と偽りマリアージュ
「椿が要のこと好きになるならその方がいいって思うのに、胸を掻き毟りたくなるくらい苦しくなる。……しかも、椿が俺のこと好きだって言ってくれて、信じられないくらい嬉しかった」


私から顔を背けたまま、自分の心に困惑しているように、一哉の声が震える。
そんな一哉の横顔に、切ないくらいきゅんとした。
全てが根っこから掘り返されるように、私の鼓動がひっくり返る。


「だけど……それが恋心なのかわからない。そもそも俺は今、アメリカのホテルを要に奪われないようにすることで精一杯だ。だから、君を大事にするって約束出来ない」


そう呟きながら、一哉はゆっくり私に視線を戻した。


涙を浮かべた瞳を、彼にまっすぐ向ける。
一瞬揺らいだ一哉の瞳からじゃ、彼が私にどういう答えを出そうとしているのかわからない。


「今は約束出来ないけど……椿。君を要に奪われたくないって気持ちが、俺の励みになる」


一哉がどこか考えるように私に告げたその言葉に、トクンと鼓動が騒ぐのを感じた。
そんな私の前で、彼がキュッと唇を引き結んだ。
再び開いたその唇が、『椿』と私の名を紡ぐ。


「今は、社長の座を死守することに全力を注ぐ。そして、きちんと君と向き合う。その時には、ちゃんと答えを出すから」


そう言い切ると、彼は私の頬からそっと手を離した。
< 146 / 233 >

この作品をシェア

pagetop