ホテル王と偽りマリアージュ
「椿を日本に残した状況じゃ、気になって失速しそうだ」

「一哉?」

「十二月……経理って忙しいよね?」


探るような瞳に、どこか懇願するような光が揺れる。


一哉が私になにを求めてくれているか感じられて、私の胸がドキンと音を立てた。


「そ、そりゃ、四半期だし、忙しいんだけど……」

「だよね。ごめん」

「で、でも、連れてってくれるなら、行きたい。一哉に私が必要なら、連れて行って!」


頬から離れていく一哉の手を咄嗟に捕まえながら、私は大きく顔を上げてそう言っていた。
今度は一哉の方が、え?と聞き返してくる。


「出発は再来週でしょ? なら、それまで仕事に専念して、なるべく残さないように片付けていく」


勢い込んで必死に言い募る私に、一哉はほんのちょっと驚いたように目を見開いた。


「大丈夫! そもそも私、一哉につく必要がある時は、それも業務って認めてもらってるんだから。最悪、一緒に行くのは間に合わなくても、私が後から追い掛けるって手もあるんだし! そうすれば、一哉も思う存分動き回れるんでしょ?」


自分で捲し立てながら、そうだ、絶対無理なんてことはない、と強気になる自分がいた。
やるぞ!と自分を鼓舞するように拳を握る私を見て、一哉は何度か瞬きした後で、クスッと小さく笑った。
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