ホテル王と偽りマリアージュ
ドキドキしながら。
根拠のない期待に胸を弾ませながら。


「椿」


一哉は、なにかを決断するかのように、一度大きく息を吸ってとても真剣な瞳を私に向けた。
彼から感じる緊張に同化して、私は呼吸すら止めてしまう。


「少しでも長い時間、君のそばにいたい。君が笑ってくれるなら、どんな願いも叶えてあげる。それだけの力を持つ男になってみせる。だから、椿……」


一哉は一度言葉を切って、軽く深呼吸をした。
真剣な瞳はそのままに、ゆっくりと唇を開く。


「俺と椿の契約……撤回させてもらえないかな?」

「……え?」


一哉の言葉の意味がわからず、私は反射的に聞き返していた。
瞬きをする私の前で、彼は自分を落ち着かせようとするように、肩を落として大きな息を吐く。


「リセットするのは、俺たち二人の間にある契約だけ。俺と椿は契約のまま突き進めば、一年後には離婚って約束だったでしょ? そこを変えたいんだ」


言葉を選ぶようにそう言って、一哉は私の頬を両手で包み込んだ。
ほんのり伝わってくる彼の体温に、私の心が一瞬震える。


「君と、このまま恋をしていたい。一年経っても離婚したくない。君をニューヨークに連れてきたい。この先も、こうして一緒に……。我儘でごめん。俺、椿のこと好きなんだ」
< 188 / 233 >

この作品をシェア

pagetop